『天皇家の食卓』

公開日:2023年1月8日 更新日:

ヨネスケの「突撃!隣の晩ごはん」の天皇家版のようなものを期待して読んでも、肩透かしをくらいます。料理本の類でもありません。これから健康的な食のスタイルを形作っていきたいというような人には参考になるところがあるかもしれません。

『天皇家の食卓』(秋場龍一・著、角川ソフィア文庫、2000年)
『天皇家の食卓』(秋場龍一・著、角川ソフィア文庫、2000年)

健康食材の旅

そろそろ、全部は無理だけれども、できるものから、おせちもつくっていきたいものです。今回はどこの店のおせちを買ってこようかな~ というだけでは面白みもありません。

そういえば、天皇家のおせちが書いてあった本があったな、ということで本書を本棚から出してきて再び読み始めることに。

私がこの本を読むきっかけは、同じ著者の『伝統的な健康食材の旅』という本を3年ぐらい前に読んだからです。タイトル通り、塩、酢、醤油、味噌、お茶、米、昆布など全国のこだわり職人さんを訪ねてその特徴などをレポートしたものです。こうした地味な食材を取り上げつつ食と健康の話も良かったのですが、著者自身の食生活のスタイルも興味ぶかかった。

どういうスタイルかというと、食事にハレとケを設ける。ケでは質素に食材に気を使いつつ健康的に。ハレではそうしたことに気にすることなく心が喜ぶように気の赴くままに食べる、という感じです。365日、大部分はケの食事です。そして、へんに8割に節制するとかすると逆にストレスになるので満腹にする。あと、減塩はそんなにしない、食事はかならずしも3回ではない、牛乳は飲まない、です。

ハレとケを取り入れるとはいいことを教えてもらった! 『天皇家の食卓』にはもっと詳しいことが書いてあると紹介していたので読み始めた次第です。

健康的な食生活を実践する人が書いた『天皇家の食卓』です。『伝統的な健康食材の旅』が横展開なのに対して、『天皇家の食卓』は縦展開で、日本人の健康的な食生活を考えるために歴史への旅をするという感じの内容になっています。

健康的な食生活を考えるための歴史への旅

天皇家のハレとケの食卓、和食と天皇、そして米・肉・牛乳と天皇との関係を通して、それが庶民の食卓にどのように影響を及ぼし広がっていったのかというスタイルをとろうとしますが、健康的な食生活を考えるための歴史への旅なのでそれにおさまりきりません。たとえば、牛乳はどのように広まっていったのかとともに、そもそも牛乳は健康的な飲み物か? という具合です。何の疑いもなく牛乳は健康飲料と思っている人にとってはこれはこれで面白いでしょうが。

歴史への旅はサルの食卓にまでさかのぼります。サルの食卓は「純粋なヒトの食」に限りなく近い食べ物のはずだから知っといたほうがいいですよ、と。

サルの元祖とされる原猿類のジャングルでの樹上生活の食べものはアリやシロアリなどの昆虫類などで進化にともなって、<昆虫> → <昆虫+果実> → <昆虫+果実+葉> → <葉+果実>へと変化してきた。

長い年月をかけての変化の過程では、昆虫を食べていた時は夜行性だったが葉食になると昼行性に、身体も大きくなる。もともと葉を消化する能力はなかったが、葉食ができるように自分の盲腸や結腸を大きくさせて葉を消化する能力を得る。

ジャングルは食物が豊富な楽園ではあったが地殻変動のあおりを受けて、一部のサルでは楽園が喪失して新たに食物探しの出かけなくてはならなくなり、人への進化につながっていく。こんな具合です。

こうしたことも踏まえて動物としてのヒトの食性を解き明かそうとします。1消化酵素、2歯の状況、3顎の動き、4腸の長さ、5ごく初期の人類はどんなものを食べていたか、から判断です。

牛乳の項において、一番最初に引用していた言葉が消化酵素の働きを端的に表しています。「人が生きていくのは食べるものによってではなく、消化したものによってである」(アレクサンドル・デュマ)。歯については、穀類・野菜・果物を噛むのに適している臼歯と門歯で28本、肉用に適した犬歯が4本で、7体1の割合です。

こうしたことから判断すると、ヒトは「穀物草食主体の雑食動物」あるいは「肉食をする草食性動物」としています。

ヒトが日常的に食べるケの食は植物性が適しており、肉食はたまに食べるハレの食といえるのではないか。肉食は肉体へのカロリーや栄養の摂取としてではなく、嗜好としての「心の食べもの」ではないか。肉は、食祭として、週に一度食べる程度がちょうどいいのではないだろうか。

ともあれ、天皇家の食卓とはあまり関係がないですけどね~

天皇家の食卓、庶民の食卓との違い

現代で250種ほどの食べものですが歴史をたどって、古代では500種、縄文時代は1500種もの植物を食べていた様子も描かれています。鍋料理なんかもして、貧しさとは違う生活のようなので驚きです。

そして、日本人のありかたに決定的なエポックとして田んぼで米を栽培するようになったことを取り上げています。たしかに米は、貯蔵しやすいですし運搬にも便利、連作もできるし生産性も高い。貧富の差もこの時からうまれたとします。米は蒔いた種の量に対する収穫率はずば抜けて高く、江戸時代で40倍、現在では100倍にもなるといいます。小麦はヨーロッパで現在でもせいぜい20倍程度だそうです。

水稲の栽培は水利の問題があるので個々だけの問題ではすまなくなります。ムラが不可欠になってくるわけです。水の管理だけでなく、自然を相手にすることなので祈りも必要ですし祭りも大事な役割を担うことになります。こうして、天皇がなくてはならないものになったという経緯です。

さらにムラは意識にも大きく影響します。和を尊ぶようになったことです。これは後に外から入ってきたものをとりこんでうまく融合させてしまうということにつながっていきます。

日本料理のような狭い意味での和食のルーツとしては中国からもたらされた禅の食事ですし、西洋のカツレツも日本に入ってくればカツ丼になって和食になってしまう。この和風化の原点をムラの和にみるわけです。

さて、『天皇家の食卓』ですので、少しだけ天皇家の食卓についても触れておきましょう。正月はおせちという呼び方をしているとは書いてありませんでしたが、おせちのようなものが食卓に並びます。ハレの膳です。それでもそんなに贅をつくしてという感じはありません。天皇家の食卓を知ることができるのは、侍従や大膳課の職員などが退官後に著した自伝や日記等があるからですが、1934年~78年まで「天皇家のパン職人」をしていた渡辺藤吉氏の言葉を紹介しています。

名前だけはいかにも宮中らしく優雅なものですが、お上のお食事は、私たちが口にするものと大して変わりのないご質素なものです。というより、中流の上くらいの家庭なら、もっともっとぜいたくをしているのじゃないかと思うくらいです。

献立だけをみるとたしかに庶民と違わないが、それでも、決定的に三つのことが違うと著者は指摘しています。

  • 料理人
  • 食材
  • 料理ができてから食卓にのぼるまでの手順

天皇家の食事は、宮内庁管理部大膳課厨房係でつくられます。総勢27名の料理人です。二つ目は、肉や乳、野菜のほとんどは自家製ということです。天皇家専用の農牧地を保有していて、無添加、無農薬、有機農法による栽培です。

食卓にのぼるまでの手順については、できたものをすぐに口に入れられないだろうということは想像できます。昭和天皇は猫舌だったと言います。そのわけは、「あつあつの料理を食べつけなかった」と、天皇の料理番・秋山徳蔵氏の言葉が紹介されています。

著者は、庶民の食卓の源流に天皇家の食卓があるとすると、今後もっとオーガニック食材は広がっていくと予想していますが、当たりますかな。

食生活はほんと人それぞれ

ちなみに、著者の『伝統的な健康食材の旅』は、ジャーナリストの東谷暁さんが紹介していたので知りました。どこで紹介していたかというと、『老後の食卓』(文藝春秋・編、文春文庫、2014年)です。タイトルが老後となっていますが、「私の長寿食、教えます」というテーマで著名人50人ほどが自身の食事について書いています。

この人はこんな食生活なのか、こういうこだわりがあるのか、こういう考え方なのか、と面白い本です。ヨネスケの「突撃!隣の晩ごはん」のようでのぞき見趣味を多少は満たしてくれます。

『老後の食卓』の中の特別企画で、”名著で読む「食と健康」 日本人の「美食」は健康食” を書いていたのが、ジャーナリストの東谷暁さんです。東谷さんは『エコノミストを格付けする』(文春新書、2009年)で知っていて、食べ物のことにも詳しいのかと感心しきりでした。ここで紹介されていた名著は買い集めて参考にさせてもらっています。

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執筆者:有賀知道

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