『発酵 ―ミクロの巨人たちの神秘』

公開日:2024年1月5日 更新日:

本書のおかげで、発酵という言葉を避けて通ろうとする悪癖を断ち切れました。

『発酵―ミクロの巨人たちの神秘』(小泉武夫・著、中公新書、1989年)
『発酵―ミクロの巨人たちの神秘』(小泉武夫・著、中公新書、1989年)

発酵の定義を見て退却

発酵という言葉を避けて通ろうとする悪癖は、堆肥づくりに発酵という言葉が使われているのに引っかかったことに始まりました。発酵食品の発酵のように腐りにくくなるようなイメージが発酵にはあったからです。堆肥のどこかで腐りにくくなっている現象がおこっているのか?

2022年2月6日の記事で紹介した、『堆肥の作り方・使い方』(藤原俊六郎・著、農文協、2003年)を読んでスッキリしたような気になったのですが、やはり、分解、発酵、腐敗、今一つよくわからず先日まで避けて通るしかなかった状況でした。

実は、『堆肥の作り方・使い方』のすぐ後に、発酵の理解を深めるべく『発酵』を読み始めました。

細菌類、酵母類、糸状菌(カビ)類、藻菌類などの微生物そのものか、その酵素類が有機物または無機物に作用して、メタンやアルコール、有機酸のような有機化合物を生じたり、炭酸ガスや水素、アンモニア、硫化水素のような無機化合物を生じ、なおかつその現象が人類にとって有益となること

1ページ目の「はじめに」に書かれていた発酵の定義です。

こりゃダメだ、とすぐに断念。正確に言うと、第一章の地球と微生物を2ページほどめくりましたが、まったく読み進む気が起こらず。

今回、再アタックし今の私なりに理解をしたわけですが、本書を読まないままで発酵と適当に付き合っていたら、そうとう損をしたということになると思うほどです。

発酵の定義

堆肥だけに限らず、これから発酵に深く関わりたいと思っているので避けて通ることもできず、とりあえず簡単そうな『図解でよくわかる発酵の基本』(舘博・監修、誠文堂新光社、2015年)、次いで微生物のイメージがわきそうな『身近にあふれる微生物が3時間でわかる本』(左巻健男・編著、明日香出版社、2019年)をみて何となくわかってきました。ちなみに『身近にあふれる微生物が3時間でわかる本』はたしかに身近に微生物があふれていることはわかりますが、3時間の何倍も時間はかかったので念のため。

発酵は、酒や味噌、醤油、酢、パン、チーズなんかの食品製造だけでなく、医薬品や化学工業、環境浄化の領域なども含まれてきている状況もわかります。ここまでくると、先の発酵の定義もすんなり受け入れられますしイメージもできますね。

これはこれでいいのですが、この2冊と『発酵』を読んでもどうにもひっかかることがまだ残っていました。『堆肥の作り方・使い方』でモヤモヤしたところです。

一般に、微生物の働きによりできた生産物が、私たちの生活に役立つものを「発酵」、役立たたないものを「腐敗」と呼んでいる。このため、農業生産に役立つ堆肥をつくる微生物の働きは「発酵」と呼ぶ。

しかし、学問的に厳密にいうと、この言葉は正しくない。酸素を使わない嫌気性菌の働きで物質を生産することを「発酵」という

『発酵』の中でも著者は、「これまでの発酵の定義のなかでは”無酸素状況下で起こる有機物の分解”を特に強調していた。」と言っています。

酸素、酸素って、どういうこと???

これがわかったのは、『発酵文化人類学』(小倉ヒラク・著、角川文庫、2020年)をパラパラめくっていた時です。いわく、酸素も光も使わずにエネルギーを獲得する過程のことを生物学では発酵と定義している。動物は呼吸(酸素)によってエネルギーを獲得、植物は光合成によってエネルギーを獲得(厳密にいうと呼吸をするが)、これに対比する形で、酸素も光も使わずにエネルギーを獲得できるのが発酵というわけです。そしてこれができるのは微生物だけ。

でも微生物でも、酢をつくる酢酸菌のように酸素を必要としているものもある。酸素があってもなくてもエネルギーを獲得できるようなものもいます(生成物が違ってきますが)。ということで、エネルギー獲得の方法というよりも微生物の働きのほうに目を向けて最初に書いた『発酵』の定義ができたというわけです。

発酵の領域は広がるいっぽう

ともあれ、入門編の2冊を読んで、『発酵』は読まなくてもいいかなと思いましたが読んでみて、リベンジを果たして満足だ、読んで良かった、を通り越して読むべき本だと実感しています。

第二章「微生物と発酵の発見」、第三章「発酵技術の進歩」は特にそうです。例えば、先の入門編の2冊にもグルタミン酸(旨味成分。アミノ酸の一種)の生産ことは触れてありますが、歴史の中にどう位置づけるのかを示しているところが違います。

以後の発酵技術に大きな影響を及ぼしたのがアミノ酸発酵にその代表例をみる「生体制御発酵」である。アミノ酸発酵を例にその発酵法を簡単に説明すれば、微生物の菌体を構成するタンパク質の合成に利用されるべきはずのアミノ酸を、その合成経路から離脱させて菌体の外に排出させるという、いわば異常代謝をおこさせてこれをうまく利用するというものである。

微生物の利用は利用でも、のんきな野性的な利用ではなく、不自然な形で管理して物質を大量生産できるように技術が進歩してきている。これらの本ではものすごい光の面を描写しているわけですが、容易に、使い方によって恐ろしい使い方もできそうだと想像できます。

一昔前なら発酵を説明するとき、「微生物のはたらきによって食物が変化し、人間にとって有益なものができること」ぐらいでことたりた(なんてあいまいなとツッコミをいれられながらも)わけです。腐敗と対比させてわかりやすくできました。でも現代では著者が下記に言わざるを得ないように、腐敗とは全く違う次元で有益さが求められています(やる気になれば有益じゃないことも可能ということです)。

「発酵」の定義を人類全体が再確認しなければならない時でもある。それは、「発酵」とはあくまで「人間社会にとって有益となること」が絶対の条件として不動でなければならないということである。

農業も他人ごとではありません。ジベレリンなどの植物ホルモンやBT材などの微生物農薬など発酵技術なしでは成り立ちません。同じ著者の『発酵食品礼賛』(文春新書、1999年)には、発酵産業の生産額割合が書いてあるところがあります。発酵嗜好品(酒や調味料、乳製品、納豆などの食品)は発酵産業の20%を占めるに過ぎない、と。残りの80%が、食品以外の発酵工業で、中でも医薬品及び化学製品の発酵産業と酵素製剤の発酵生産、環境浄化発酵が21世紀の花形産業になると予想しています。

堆肥の発酵を知るための本書でしたが、その目的を大きく超えて現代社会の一角で行われていることも垣間見え理解できて大満足です。

ちなみに、著者の本では、東京にいるころ田舎暮らしの参考しようと思って『猟師の肉は腐らない』を読んで面白いと思いましたが、“発酵仮面”“味覚人飛行物体”“鋼鉄の胃袋”とも呼ばれる通り、それも納得させてくれそうな本をいろいろ書いているので、これからお世話になることがかなり増えそうです。

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執筆者:有賀知道

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