『害虫はなぜ生まれたのか―農薬以前から有機農業まで』

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この本、大学の出版会というだけで敬遠してしまいそうです。堅苦しくて単調なものかと思いきや、プロジェクトXの話にでもなりそうな話も含んでいて面白いです。

『害虫はなぜ生まれたのか―農薬以前から有機農業まで』(小山重郎・著、東海大学出版会、 2000年)
『害虫はなぜ生まれたのか―農薬以前から有機農業まで』(小山重郎・著、東海大学出版会、 2000年)

誰の意見を聞くのか

脱サラ新規就農者でビジネスとして成功してやるぞ、と意気込んだことのある人は『農で起業する!ー脱サラ農業のススメ』(杉山経昌・著、築地書館、2005年)を読んだ人も多いかもしれません。50歳で脱サラ、サラリーマン時代に培った合理性・効率を農に持ち込んでうまくいった人の話です。

合理性・効率の受けが良かったのでしょう、そのあと『農!黄金のスモールビジネス』(築地書館、2006年)、『農で起業!実践編』(築地書館、2009年)と出しています。2022年には『83歳、脱サラ農家の終農術』というものまで出しているので充実した農人生を送ったのではないでしょうか。私も最初の3冊は面白く読ませてもらいました(最後のは読んでません)。

その中で、JAとか普及所とかの指示にしたがうと栽培がどれくらいうまくいくのか点数を付けていた話がありました。

栽培管理をJAの技術者に依存すればそのJAの得意分野にもよるが、100点満点中40点は取れる。普及所に依存すれば50点、関連図書をすべて読破すれば60点、県の農業試験場の技術者に依存すれば70点

『農!黄金のスモールビジネス』151ページ。

機関とすれば、農業試験場、ここが最後の砦ということでしょうか。

たしかに、最初のうちは何もわからないので周りの人から聞いていくわけです。そのうちに、立場や状況で言うことが違うということがわかってきます。そうすると、聞いたはいいがその方法をとらないと気まずくなることもでてきます。あちらを立てればこちらが立たずです。難しい。

個人的なつながりではなく、何かしらの機関に相談すればこの気まずさは多少は和らいできます。生産組合なんかに入っていれば、そこに顔を出しているJAの人や普及員への相談という具合です。

農業試験場ってどんなところ

さて相談を受けたJAの人や普及員、わからないことがあったらどうするのか? そこに登場するのが農業試験場というところらしいです。杉山氏の著書にもそんな話が出てきますし、『害虫はなぜ生まれたのか』にも次のような話が出てきます。

高知県のネギ産地で、シロイチモジヨトウという害虫が発生して猛威を振るって、最初はいくらか効いていた殺虫剤もやがて抵抗性がつきまったく効果がなくなった。このとき、JAのリーダーが「このままではネギ産地がつぶれてしまう。なんとかよい防除法はないものか」と相談したのが県の農林技術研究所の人で、その人が相談したのが農業試験場の担当者です。

このときの防除法は、性フェロモンを利用したもので、交尾を妨げて卵を産ませなくさせるというものです。雌の出すフェロモンに雄は引き寄せられてくるわけですが、人工のフェロモン剤をいたるところにばらまいておいてどこに本当の雌がいるのかわからなくしてしまおうという作戦です。交信攪乱法と呼ばれます。雄をまどわせて交尾をさせないということです。

見事大成功です。

最後の砦の試験場はこういうことをやっているところなのか。とともに、著者はそのとき担当部署ではないが同じ試験場にいました。「交信攪乱法を試したい」と担当者から相談を受けて、過去にこの方法で失敗した経験を持っていた著者は「できるかぎり広い面積で、できるかぎり大量の性フェロモンを使ってみて」とアドバイスしています。本書の著者は各地の農業試験場に長くいた人です。

ちなみに、このプロジェクトに協力してフェロモン剤を提供した信越化学工業から、シロイチモジヨトウに効くヨトウコン-S という商品も今出ています(群馬県内にも工場のある同社が世界的なフェロモン剤メーカーとは初めて知りました)。

農薬に代わる防除法

性フェロモンを使ってうまくいった話のほか、卵を産ませない方法として放射線で雄のハエを不妊化して大量に放つ防除法も本書で紹介されています。

果物や果菜の害虫であるミバエは、果実に卵を産み幼虫が果肉を食い荒らします。1993年まで沖縄にはウリミバエがいました。いるとどうなるかというと、自由に本土に出荷できないということになります。ミバエがいそうなスイカ、カボチャ、インゲンマメ、ミカンなど対象です。沖縄が1972年に復帰するにあたり日本政府は多くの援助策を行ったが、その一つがミバエ類の根絶事業です。

21年間かけて根絶がなしとげられたことになります。170億円、合計530億8000万匹の不妊化したミバエが沖縄県全域に放たれました。

この事業にも著者は一時期関与し、『530億匹のたたかい』(築地書館、1994年)という本も出しています(読んでませんが、プロジェクトXばりの展開を勝手に想像。さわり部分は『害虫はなぜ生まれたのか』にもあります)。

ただ、性フェロモンにしろ放射線にしろ大規模(島一つとか外部との接触と出入りがないくらいの規模)にやらないと効果がないようなので、一農家の対策法というわけにはいかないですが。

この2つの防除法と天敵利用、および有機農業に可能性をみる、これらが本書の1つの柱である「農薬に代わる防除方法」です。

それに先立ち、「農薬はどんな問題を引き起こしたか」さらに先立ち「害虫はなぜ生まれたのか」が本書の3本柱です。

害虫は自然に発生するものというよりは、作物の栽培条件を通じて人間が作り出してきたものである。近年、大量収穫を実現させてきたのはいいが害虫も増加、農薬によって解決を図ってきたがいろいろ問題がでてきた。それに対し農薬以外の防除法はあるのだろうか、という構成です。

天敵はあてになるのか

本書で紹介する農薬に代わる防除法は先に挙げたとおりですが、何か一つの方法で害虫防除はできないと著者は断言しています。

時には、農薬(できれば天敵に影響を与えないような選択性の農薬が望ましいが)を使わざるを得ない場面もあることも描きます。侵入害虫や大量飛来など自然の防除力が及ばない時には必要だと。

先ほどの沖縄のミバエの例で言うと、本土ではミバエがいない状態で生態系ができていているわけで、そこにミバエが侵入してきても迎え撃つ天敵がいないことも十分に考えられます。そうなればミバエ天国で好きなようにやられてしまいます。この場合は、農薬いたし方ないかという感じです。

天敵にそんな力があるの? 私もそう思っていました。

本書の中で、「普通の虫はなぜ害虫にならないのか」、で説明しています。

例えば、中国では大した害虫ではないクリタマバチが、日本に侵入してきて大害虫になった事例があります。中国にはチュウゴクオナガコバチという寄生蜂の天敵がいるが、日本にはいないので猛威をふるった。でも天敵を中国から導入して放飼いしていったら沈静化していった。

また例えば、アゲハチョウはミカンやカラタチの葉に卵を産み、幼虫は葉を食べて育つが、ミカンの葉を食べつくすような大害虫になったためしがない。寄生蜂や鳥などによって99%は成虫になることなく死んでいってるからと説明しています。

寄生蜂おそるべし

だけど、選択性のない農薬をぶちまけると寄生蜂も殺してしまったりする、ということが農薬が起こした問題の一つと本書にもあります。農薬で天敵も壊滅させたところに、生き残った害虫が前にもまして増えてしまうという悪循環にもなったりします。先ほどの、中国からのクリタマバチの天敵である寄生蜂を放飼いした担当者は、うまくいったのは、他の害虫に対する薬剤散布が始まってない時に寄生蜂を放せたのがよかったと語っているぐらいです。

寄生蜂なんていうのがいるのを知ったのは、本書に先立って読んだ『昆虫はすごい』(丸山宗利・著、光文社新書、2014年)です。それこそ害虫に悩む季節には、害虫以外の視点で虫を見ることは難しい。今のうちに虫の違った面を見ておこうかということで(たしかに、すごいし、面白いし恐ろしいです)。

ハチといえばスズメバチやミツバチを想像する人が多いかもしれない。実はこのように大型で目につくハチは、ハチの中でも少数派で、例外的な存在である。大部分のハチはほかの昆虫に卵を産みつけて寄生する。それらは「寄生蜂」といって、微小な種が多い。
この寄生蜂は、実は多くの昆虫にとって、もっとも恐ろしい天敵の一つである。かなりの昆虫にそれに特化した寄生蜂が天敵として存在する。チョウやカメムシなど、目立つところに卵を産む昆虫は、「卵寄生蜂」といって、卵専門に寄生する寄生蜂にも狙われる。

害虫にとっての天敵は、植物の味方ということです。植物はどうやって味方になってもらうのか?

ヨトウムシというガの幼虫がトウモロコシやワタの葉を食べると、植物の成分とヨトウムシの唾液が混じって、寄生蜂を誘引する化学物質が作られる。つまり、植物が寄生蜂という殺し屋(といってもすぐに相手は死なないが)を呼んでヨトウムシをやっつけてくれるよう助けを求めているのである。

ヨトウムシをやっつけようとして農薬をまいて寄生蜂までやっつけてしまう、実際に起こっていることです。日本生物防除協議会というところでは、天敵等に対する農薬の影響調査の結果を発表しています。また、ヨーロッパなどでは、農薬の販売登録するときに、人畜や魚への毒性試験に加えて、天敵への悪影響がないことが条件とされているそうです。

いずれにしても、植物工場を目指さない一農家として農薬になるべく頼らないとすれば、天敵や防虫ネットなど物理的な防御法を利用するということになりましょう。自給農であれば、多少虫に食べられてもいいし8割がた収穫できればいいぐらいに思っておけば何も問題ないし、恐れる必要もありません。何より、長期的にも危なさがなく安定した収穫をもたらしてくれそうです。

しかし、販売するとなると違う局面になります。これについてはまたお話しする機会があると思います。

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執筆者:有賀知道

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