『田舎暮らしに殺されない法』(丸山健二・著、朝日文庫)。恐ろしいタイトル名です。内容もタイトル負けしないおどろおどろしく辛辣です。田舎暮らしを考える人には、まずもって本書をお勧めします。
後悔だらけの惨めな<第二の人生>を見ていられない
著者は、1943年長野県飯山市生まれです。66年『夏の流れ』で文学界新人賞、芥川賞を受賞しました。68年に『正午なり』で帰郷した青年の孤独を描いたのち、自身も長野県安曇野に移住しています。安曇野は少年時代を過ごし、母親の出身地ということです。2008年に同書が出版されていますので、それまで、田舎暮らし歴40年ということになります。
田舎で育ち、都会から田舎へ戻ってすでに長いこと暮らし、田舎の表と裏を知り尽くしている私の言葉に、その種の雑誌やその種のテレビ番組ではけっして扱わない、いや、扱えない忠告にちょっと耳を傾けてみてください。
そんなお節介やら余計なお世話やらをしたくなったのも、泳ぎを知らない者が濁流を渡ろうとするような当然至極の失敗と挫折とに、案の定やられてしまい、もはや立ち直れないほどの満身創痍となってすごすごと住み慣れた都会へ舞い戻ってゆき、それも、ほとんど無一文のような身の上になって、今度はかなり低いランクの暮らしを強いられる、後悔だらけの惨めな<第二の人生>を背負うことになるケースがあまりにも多すぎるからなのです。
たしかに、どこの地方の自治体も移住促進には熱心で、いいところの情報はどんどん出してPRします。マスコミの取り上げ方も前向きのものがほとんどでしょう。影の部分の情報は出回りにくいようです。
もっとも今は、ネットで探せば、移住して失敗した人の体験談もそれなりに出てきます。それでも情報が出せる人はまだ余裕がある人です。本当に惨めになってしまった人からの本当の情報はなかなか出ない可能性もあります。仮に情報を出せたとしても、思い込み? 恨みつらみ? 特殊な状況? 他の人が失敗しないように参考にできるものなのかはわかりません。
田舎暮らしに殺されない法とは
本書は、甘い考えで田舎暮らしをしようとしている人への警告の書です。移住早々、ウサギの死骸を敷地に投げ込まれたといった自らの経験と身の回りに起こったことのみならず、見聞きしたこと、そして、作家ならではの想像も働かせて、田舎暮らしはこんなにも厳しいよと、これでもか、これでもか、と悲観的内容を提示しています。
田舎特有の閉鎖性、厳しい自然環境、プライバシーなんてない・・・などなど、そうした田舎の集落に、サラリーマン気質で都会の価値観を持っている人が移住して生活するのはかなり難しい、という身もふたもない内容です。
それでも、移住するには土地柄が非常に大事なのでよく調べること、漠然と田舎暮らしにあこがれる人には別荘地が無難、というように、少しは救いの具体的提言はあります。
そして、本当の救いもちゃんと用意しています。自立と自律する必要があるということです。自立していない人が、現実逃避の形で田舎暮らしをしてみてもうまくいくわけがない、その前に、自立することが先決だ!! というわけです。
そうです、田舎暮らしに殺されないようにする法とは、自立そして自律することです。
自立? 何だそんなことか、と思ったあなた、自分が本当に自立しているかどうか、本書を読んで確かめてみてください。
と、偉そうに言っている私も著者の基準に照らし合わせると、自立しているかどうか極めて怪しい(泣)。
田舎暮らしができる人の発想
自力ということからの帰結として、田舎暮らしで求められることは、自分のことは自分の力でやるということになります。著者は、何でも自分でやってのけるということが楽しみのひとつになるようでなければ、わざわざ不便な土地で生きる意味がないとさえ言っています。
不便さが、便利すぎる都会生活でふにゃふにゃになったあなたの心身を鍛えてくれるのです。
不便さが、あなたの脳を支配しつづけてきた安っぽいイメージを払拭してくれ、過酷な現実と対峙することの醍醐味を与えてくれるのです。
不便さが、あなたを正気に戻してくれるのです。
不便さが、あなたを本来在るべき姿のあなたに仕立て上げてくれるのです。
こうした発想ができる人でなければ、田舎暮らしは最初からしないほうがいいと言い切っています。
悲観的に備えて、楽観的に対処する
たしかに、本書の内容は全体を通して辛辣で過激です。田舎暮らしを考えるなら、まず酒と煙草をやめよ、とか、田舎は犯罪も起こるのだから、手製の槍を用意しろ、寝室を要塞にしろ、というようなことまで書いてあります。
こうした多少現実離れしたことも含めて、田舎暮らしを考える人にとって、この本が役に立ちそうなのは、悲観的に備えるには参考になるのではないかということです。
「悲観的に備えて、楽観的に対処せよ」とは、瀬島龍三氏の言葉です。ものごとをうまく運ぶための心構えを説いています。しかし、日本人は逆をやりがちと指摘していたのをどこかで読んだ記憶があります。つまり、「楽観的に備えて、悲観的に対処」してしまう。
田舎暮らしに照らし合わせればこんな感じです。あこがれだけで、何とかなるだろうと、何の備えもなく、田舎暮らしを始めたはいいが、少し困難なことが起こると「もうダメだ、やっていけない」と思考停止し、打開する工夫もしないで、どんどん悪い状況に追い込まれていく。みたいな感じでしょうか。
という次第で、本書は悲観的に備えるためにも貴重です。
自分でできる自立判定法
本書は、一応、語りかけの主な対象者は、都会で育ちサラリーマンをしていて、定年後の第二の人生を考える男性向けの形をとっています。一応、というのは、田舎暮らしを題材にして、自立していない現代人のひ弱さを徹底的に批判するというものでもあるからです。
なので、誰が読んでも(田舎暮らしに関係なくても!)いいのですが、若い人には、ピンとこない部分も多々あると思います。しかも、若い人や単身者の人は、失敗を恐れてそれほど慎重になる必要もないでしょう。それでも備えあれば憂いなしです。
あっ、そうでした。自分でできる簡易的な自立判定法を紹介しておきましょう。鏡の前に立って、鏡に映った自分の目を見てください。
濁って輝きを失っているとすれば、
それは死人の目です。
それは自立と自律に背を向けて、本能の奴隷になってしまった者の目です。
と著者に喝をいれられますよ。
本書が刊行された2008年から時代も変わってきています。超高齢化社会、高齢化により体力もエネルギーも(そしてお金も)なくなってくれば、当然、他人のことなんか構っている余裕もなくなってきます。さらに社会は、まとまりよりも分断させようとする力は強まりこそすれ弱まる気配はなく、経済も衰退 、、、というと悪いことばかりかと思いきや、これらの影響で田舎も変わらざるを得ない。例えば、移住者を居づらくさせる大きな要因、田舎の閉鎖的な共同体の閉鎖性も薄められていく方向になりそうです(つまり移住しやすくなる!)。と少し明るい展望も最後に示しておきます。