『脱東京』(本田直之・著、毎日新聞出版、2015年)。「仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住」とサブタイトルにあり、軽い本かな、と思って読み進めると裏切られます。田舎への移住を考える人には誰でも参考にしたいメッセージがあります。特に若い人にお勧めです。
若者の移住相談が70%
田舎暮らしについて情報収集している人であれば一度は名前を聞いたことがあるかもしれません。NPOふるさと回帰支援センターというところがあります。同センターが発表する資料を見ると、移住の流れが変わってきたことがよくわかります。
2004年に実施された都市生活者への5万人へのアンケート調査で、田舎暮らしを始めたい時期として、「会社を定年退職してから」(42.5%)が、「子供が独立してから」(12.3%)、「ふるさとでの就業が決まってから」(10.4%)を大きく引き離しています。この時期、田舎暮らしは定年後にするのが主流でした。
2008年においても、同センターへの相談者は50歳代~70歳代が約70%を占めていました。しかし、10年で相談者の年齢ががまったく逆転しています。2018年には、20歳代~40歳代の相談が約70%を占めるようになっています。
移住を考える若者が増えてきたということです。このこともあり、移住希望先として農村・⼭村という「⽥舎暮らし」だけでなく、就労の場があり、⽣活スタイルに変化の少ない「地⽅都市暮らし」のニーズが⾼まっています。
移住先選択の条件として、「就労の場があること」(68.0%、2018年)が「自然環境が良いこと」(28.7%、2018年)以下、他の項目を圧倒しています。2016年は、「就労の場があること」(44.2%)が「自然環境が良いこと」(40.5%)と同じぐらいであったので、3年のうちでも動いています。
(ちなみに、ふるさと回帰支援センターは、「ふるさと回帰」とついていますが、Uターンばかりの支援ではなく、Iターンなども支援しています。)
新しい移住の流れ
若い人が移住を考えるようになってきたという流れの中、本書は、その中でもまだ一種独特の傾向にスポットを当てています。著者が「あたらしい移住」と呼んでいるものです。
これまでの移住では、主にその地域の会社に勤めたり、実家の家業を手伝ったりするなど、一つの仕事だけをする人が多かったでしょう。しかし、新しい移住では、ほとんどの人が、一人でいくつもの仕事をしています。二足、三足の草鞋を履いており、肩書が一つでない人も多いのです。
そのため、移住した地域だけで仕事をするのではなく、東京やほかの都市でも仕事をしています。
これまでの移住では、移住者は基本的に受け身でした。行政のサポートを受けながら、住む場所や仕事を与えてもらう。行政に依存していると言えるような移住が多かったわけです。しかしながら、あたらしい移住者たちは、みな自立しています。
誰かに頼らなければ仕事も家も見つけられない人は、あたらしい移住に向いていないと思います。それは、単純に向き不向きの問題です。依存していたい人なら、会社に勤めているべきだと思います。そのほうが本人も安心するでしょう。
先ほど書いた、移住先選択の条件として「就労の場があること」とする層とは明らかに違う層です。「仕事がなければ移住できません」という人ではないということです。
本書は、新しい移住の特徴を説明するとともに、実際に東京を脱して地域に移住した人の事例を紹介しています。「仕事のことを抜きに考えたら、東京に住んでいる意味はなかった。」という認識から、「仕事のことを考えても、東京に住んでいる意味はない。」 とポジションを変えた、自営業者や経営者、デザイナー、編集者などが登場します。(仕事が集まる場の象徴として、東京からの移住が分かりやすいですが、どこからの移住でも同じです。)
自らが力をつけていけば、どこでも仕事ができそうだ、と思わせてくれます。
あたらしい移住者こそ田舎に向かってほしいところです。そして、田舎に向かう人はあたらしい移住者になってほしいものです。なぜなら、田舎には、雇用の場があまりないのですから。
行政も本当のところでは、依存型の人を多く集めるよりも、あたらしい移住者を求めています。なので、あたらしい移住者はより歓迎される(はず)。
移住の時期はいつがいいか?
移住の時期について、思い立ったら、と言いたいところですが、それは危うい。本書に登場する人たちも、そうとう準備していると思います。移住先をどこにするかといった直近のものもありますが、自力で何とかできそうなレベルにまで自らを持っていくということにです。
もし「移住しても仕事がないです」という人であれば、正直に言って、どこに行っても大した仕事は回ってこないと思います。仕事の心配をしなければいけないということは、要するに、まだ移住する準備ができていないのだと僕は思っています。
それでも、個人差もあるでしょうが、歳をとればとるほど、気力体力も衰えて、移住する気も起きなくなってしまうかもしれません。ある程度の見切りをつけたら、適応力からして、若いうちからのほうがいい。それを見越して日々着々と力を蓄えていくほかありません。
仕事の心配をどのようになくすのか
田舎暮らしでさえ不安があるのに、さらに、あたらしい移住者になることを求められても、自分には無理、もっと楽に雇用のある地方都市へ移住したほうがいいかな、そう思ったあなた、大事なことを2つ言い忘れてました。
この本のサブタイトルは、「仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住」です。そうです、自分の好きなようにいいのです。誰に制約されるわけでもありません。自分の適性や好み、状況、得意な分野をやっていいという開放感があります。本書で紹介されている人からして、ほんと仕事の仕方も様々です。
行政やNPO、転職サイトなどが紹介してくれる仕事で、自分に合う面白そうな仕事に巡り合うのは、なかなか難しいのが現状でしょう。
最終的には、どこに行っても仕事ができるようになれば言うことなし
言い忘れた大事なことの2つ目は、よく準備してから慎重に移住したとしても、移住先がしっくりこないこともあります。自然も土地柄も気に入っているけれども、 隣人が過度に神経質で、少し音を立てただけでも怒鳴り込んでくる、とか、酒を飲んで暴れる人がいるとか、こうしたことでも台無しです。
そんなときでも、「あたらしい移住者」であれば、危なげなく、また動けます。あたらしい移住者になることは、最大のリスクヘッジです。
これは、自らの楽しみで田舎暮らしをしたい人とは別に、田舎暮らしをせざるを得ないという状況が起こる人もいるかもしれません。たとえば、介護離職という問題です。田舎にいる親の面倒を見なければならないので、東京の会社を辞めて地元に戻らなければならない。これに対しても効力を発揮するでしょう。
ちなみに、著者自らは、ハワイ、東京に拠点を構え、年の半分をハワイ、3か月を日本、2か月をヨーロッパ、1か月をオセアニア・アジア等の国を旅しながら、仕事と遊びの垣根のない生活を送っているそうです(2015年)。