『はじめての植物学』(大場秀章・著、ちくまプリマー新書、 2013年 )。植物を理解するための基本が学べます。
植物に囲まれる田舎暮らし
田舎暮らしでは否応なしに植物と向き合わなければなりません。庭に生えている雑草からはじまり、家庭菜園をやっていれば農作物、都会から田舎に遊びに来る人は決まって見つける植物を指さして、この植物は何? と聞いてきます。
学校で植物を学んでいなくても大丈夫です、今からでも遅くはありません。葉、茎、根、種子、花といった植物を構成する要素について、そして、葉で行われる光合成の仕組み、その結果できる炭水化物の行方、生殖のあり方など、植物の仕組みと営みの基本的なことについて一通り学ぶことができます。本書は植物を理解する入口になってくれます。
日本は植物天国
山間部で田舎暮らしていると、植物はあって当たり前。どこを見回しても緑だらけです。眺めている分にはいいですが、春になって雑草が伸びようものなら、邪魔者扱いさえします。何でこんなにすばしっこく生えてくるのか!
改めて言うまでもないでしょうが、植物は無条件で育ってくるわけではりません。育つためには、温度が適切で、水も不足なく、土にも栄養が含まれている必要があります。この条件の一つでも欠ければ植物は育ちません。
これは、自分で野菜などを育ててみれば骨身にしみてわかります。野菜が育つように、水やりをし、栄養を与えるために肥料をせっせと撒いています。温度管理のためにはビニールハウスも作ってしまいます。何もしなくても、植物が育つ環境というのは、実はすごいこと。
そうです、日本は植物天国です、植物にとってものすごい恵まれた環境にあるのです。日本では、どこでも50メートル四方の枠でくくればおおむね50以上の種を見出すことができると言います。
もっとも、生育の条件が整っているからといって、植物ものんきにしているわけにはいきません。なぜなら、自然環境の変化、植物内での競争、動物の存在、人間が思い付きで草刈りをする・・・こうした状況があるからです。生き残るだけでも大変です。農作物のように、誰かが守ってくれるわけではありません。
植物の多様性
生き残るための戦略が多様性だと著者は説明しています。
生物の多様性の本質は、環境がどんなに変わっても葉のように選択の幅をもち、環境に適合して死滅せずにそこで生き続けていけることにあるのだといってよい。
私たちの眼を楽しませてくれる、千差万別の姿かたち、葉や花のかたちや色彩の多様性は、それぞれの植物が生き続けるために可能性のなかから選択した結果に他ならない。
どれがうまくいくかはわからないので、一つだけの形だけでなく、いろいろなバリエーションをもっていないと、適応できないということです。うまく適応したものが生き残ればいい。
バリエーションの作られ方として、茎が根の役割をしたり、根が茎の役割をする、茎が葉の役割をする例などを本書では挙げています。たとえば、乾燥地に生える代表選手のサボテンは、いったん手に入れた水をできるだけ蓄えられるようになっています。しかも、葉のような部分は茎が葉状に変化し光合成を担い、本来の葉はトゲに変化し光合成の役目は担っていません。これも乾燥の強い環境下で生存のために編み出した特殊な工夫であることが本書で説明されています。
植物の姿かたちを決めるもの
多様性の本質である、環境に適合して死滅せずにそこで生き続けていけるために、特にカギを握ると著者が注目しているのが光合成です。
植物のすがたやかたちを決めている根底にあるのは、それぞれの植物がそれぞれの生育場所で有利に光合成ができるように葉を展開するための、植物自体の営みのなかから生まれたものといってよい。
たしかに、言われてみて葉っぱを少し観察してみただけでも、大きな葉、小さな葉、楕円形の葉、三角の葉、円形の葉、細長い葉、葉の縁ををみても、ギザギザになっているもの、深く切れ込んでいるものなど様々です。どうして葉っぱの形は違うの? 今度から、有利に光合成をするため、と答えることにします。そうでした、先ほどのサボテンも光合成をもとにして説明されていました。
光合成とは、言うまでもなく、光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水から炭水化物を合成することです(もちろん、人間はできません。科学技術でも未だ成功していません。もしかするとそのうちできるかもしれませんが)。
どこの部分を食べているのか
光合成によって合成された炭水化物は、貯蔵組織に蓄えられることになります。貯蔵組織に蓄えられる? そんなの聞いたことない、と言わないでください。われわれも大変お世話になっているからです。
貯蔵組織に蓄えられた炭水化物は、一年草の場合は、茎や葉、種子を生産するための花や果実づくりに使われます。あと、食害などによる損傷の回復などに欠かせません。多年草や木の場合は、植物の次年における成長のためにも振り分ける必要があるようです。
さて貯蔵組織ですが、実は、決まったところがあるわけではありません。根がなったり、茎がなったり、葉がなったりします。たとえば、ジャガイモは茎、たまねぎやニンニクは葉、ニンジンやサツマイモは根、カブは胚軸(子葉と根の間の部分)が貯蔵組織になり炭水化物が蓄えられます。
そうです、植物がせっせと自分のために使おうと思っていた炭水化物を、われわれが横取りしているというわけです。
光合成は私たちの生存を支えるエネルギー源である炭水化物を生成するが、それを担えるのは植物である。植物なしにはほとんどの生きものは一時たりとも生きてはいけないのである。
植物が、太陽光のエネルギーをわれわれが使えるエネルギーに変換してくれるていると言うことができます。普段、何も考えずに野菜を食べていますが、少なくとも、どこをいただいているのかぐらいは知っておきたいものです。