『うおつか流台所リストラ術ーひとりひとつき9000円』(魚柄仁之助・著、農文協、1994年)。
一人一月9000円で健康美食
大正7年創業の古典料理屋に生まれた著者、うまいものを食べたいという欲望は人一倍だが、金はかけられない、栄養はとりたい、うまくなければダメ、それをいかにして成り立たせているのか、そのノウハウが本書です。
一般的な人のやり方ではまったく無理です。1000円の外食を9回すれば終わりの金額です。だからといって、ケチケチ大作戦の、9000円にするための節約のノウハウだけでないことが重要です。経済的な健康美食の実践です。
経済的 | 時間をかけず安上り |
健康的 | 体調が良く病気にならない |
美味 | おいしい |
著者が健康的というのは例えば、「一夜漬けの素」や「ちらしずしの素」の成分表示を見て、薬品と断言し(おまけに高いので)避け、街の中華料理屋さんで食べる野菜炒めを、疲れた感じがずっと続き、腹にもたれ、のどが渇いてしまうので、そうした作り方は避けるという感覚です。
はたして、どのようにして一人一月9000円、しかも健康的で美味を実現するのか?
乾物を多用する
この実現のための出発点であり、縁の下の力持ちが乾物です。昆布、煮干し、ちりめんじゃこ、鰹節、するめ、干しエビ、豆類、干しダイコン、海苔、シイタケ、麩、プルーン・・・など常備です。時間も労力もかけないで、栄養にあふれ、美味なものを作ろうとした結果、乾物の種類が増えたそう。貯金通帳よりも充分に備えた乾物のほうが安心、とまで言ってます。例えば昆布について。
昆布の使い道はすこぶる広いのです。汁物のだし、そばつゆ、昆布じめ、煮物、佃煮、炒め物、ひいては洋風料理にまで使えます。シチューやカレーに使うと言うと変に思われるかもしれませんが、鳥ガラスープやブイヤベースなどの動物性のスープのサポーターとして、植物性の昆布だしがよく合うのです。
昆布を細く切っておいたり、鰹節削り器で削って、使い道を広げます。たとえば、野菜炒めに使います。中華鍋に細く切った昆布とスルメを入れ酒を加え、柔らかくなったら火をつけ酒が煮立ったら、さまざまな野菜を入れて塩コショウで味付けします。肉と油を使いません。昆布とスルメでコクも出て、うまみもあって、腹にももたれず、のども乾かない野菜炒めの完成です。
乾物は、手間や時間がかかって面倒くさいと思っている人もいるかもしれません。というよりも、使い方がわからない人が多くなってきているかもしれません。
乾物は虫がつかないように管理には注意が必要とした上で、「台所の棚にズラーッと並んだ乾物ビンの前に立ち、明日の献立を考え、必要な乾物を鍋に取り、水を張っておきます。これを翌朝煮るのです」ぐらいなものです。
著者は、乾物を買ってくるだけでなく、自らせっせと果物や野菜の皮で乾物を作ります。ユズ、スダチ、ミカン、リンゴなどなど。干して腐らせない。使い切るという発想です。
食材は使い切る
一人一月9000円、1円の無駄があっても実現不可能です。無駄とは、使わないものを買ってきたり、買ってきたものを腐らせてしまうことです。食材を無駄にせず使い切るためには、食材を何通りも使いまわしできるかが、鍵になると著者は説きます。
先ほどの昆布の使いまわしの例もそうですが、傷みの早いモヤシなどは、おひたし、野菜炒め、お好み焼き、酢の物、みそ汁の具、サラダと展開すれば、飽きもこないでしょう。
これぐらいは一般的なことですが、著者はもっと徹底しています。皮でも根でもヘタでも、使いきろうと工夫をします。
キャベツの外皮や芯、ナスのへた、ジャガイモの皮などは硬く、エグ味のあるものです。硬いものは小さく切る。これしかありません。できるだけ小さくみじん切りにして、塩を加えてよくもみます。これでアクが抜けるので、エグ味はさようなら。挽き肉や戻した麩、小麦粉などと混ぜれば、ハンバーグ、ギョーザなど、使い道はいろいろです。
これぐらい食材を使い切ろうとする発想と力量を持っての一人一月9000円です。ちなみに、これとは逆の状況が使い切らないで腐らせる。著者には、『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』という本もあります。この本もお勧めです。
加工食品は可能な限り買わない
一人一月9000円、食材を無駄にせず使い切るだけでは、まだ実現しません。さらに、高いものは買わないようにしないといけません。高いものとは、加工食品のことです(高級食材のことではありません、9000円なので最初から選択肢にもなりません)。
できあいの弁当や総菜はもちろんのこと、肉加工品、魚加工品、冷凍食品、インスタント食品、〇〇の素・・・などなど。著者が買わない加工食品というのは、健康に良くなさそうであったり、自分で作ればもっと安くできるのに、ぐらいの意味でしょう。
私見では加工食品を買わなくてもいいぐらいの力量を付け実践できれば、美味はさておき、9000円もとりあえずさておき、健康的に食費をかなりコントロールすることができるだろうな~と睨んでいます。
著者がどれくらい徹底しているかというと、乾しうどんも買わなくなったほど。
乾めんは、他の食品に比べれば安いし、また自分でつくるのもたいへんだと思っていました。しかしあるときちょいと考えてやってみたら、「なあーんだ」というくらい簡単なうえ原価はバカ安!! 今までなんと無駄使いをしていたのかと、くやしさと情けなさに目の前が暗くなるサントワマミーなのでした。
小麦粉も冷蔵庫なら長く保存できますし、うどん以外にも使いまわしができます。加工品は使いまわしが限られますが、素材にさかのぼっていくにしたがって使いまわし度が増すのもいいところです。
そして、ゴミは、1週間でスーパーのゴミ袋一つ
乾物の多用、食材を使い切る、加工食品は買わない、これらを通して一人一月9000円を実現させました。しかも健康美食で。驚くべきことです。でも私が一番驚いたのは(料理と関係ないのですが)、その結果、ゴミを、1週間でスーパーの買い物袋一つしか出さないスタイルにしたということです。
わが家のある村では、燃えるゴミ収集は週1回です。(今のところ)45リットルのゴミ袋をだいたい満杯にして出しています。できあいのものや加工食品の容器が少なからず袋の中を占めています。
都内にいたときは、週3回燃えるゴミを回収してくれて、その都度出していたので、量も匂いもあまり気にしていませんでした。しかし、田舎では週1回、45リットルのゴミ袋満杯だとずっしりと重くなりますし、夏場などは匂いも出てきたり、虫も寄ってきたりするので、なんとかしないといけないと思っていたところでした。いい対応策を教えてもらいました。
最後に、著者がリストラという言葉を使えるのは、料理屋に生まれて、通常の料理の仕方を知っていて、常識を理解している上で、違う方法を提示できる人だからです。なので、本書をよく理解し実践しようと思えば、料理初心者では少し難しいかもしれません。レシピとして参考になるようなものも、あまりないかもしれません。
著者の発想法を参考にすることによって、自分で考え工夫する癖をつけさせてくれるものです。前回紹介した、奥薗壽子さんも著者の発想法をおおいに参考にしているようです。