『60分間企業ダントツ化プロジェクト』

公開日:2020年1月8日 更新日:

『60分間企業ダントツ化プロジェクト』(神田昌典・著、ダイヤモンド社、2002年)。
『60分間企業ダントツ化プロジェクト』(神田昌典・著、ダイヤモンド社、2002年)。サブタイトルは、顧客感情をベースにした戦略構築法。非常にわかりやすく書かれている戦略本です。

自営業者、起業家にも役立つ戦略本

私は2002年末に法人を設立し、2004年に事業領域を絞り、特段苦労することもなく、採算ベースにのっていきましたが、そのときに戦略本として最も活用した本です。そうなので、起業する人はもちろんのこと、会社内でもマーケットを意識して仕事をする人、例えば、新規事業を初体験で立ち上げるような人には、まずもってお勧めしたい本です。

本書は、2002年12月5日が第1刷で、私が読んだのは、2003年1月15日第3刷発行のものです。2年ほど前、うまくいく事業を考えたそうな嫁さんにこれ面白いから読んでみたらと言って渡したのが、2017年3月2日第20刷のものでした。コンスタントに売れています。

何よりこの本がありがたいのは、わかりやすいことです。これまで、戦略なんて考えたこともないという人には入門書として最適です。わかりやすくするために、単純化するのは仕方ないとしても、よくまとまっています。

通常の戦略本は大企業が対象でしょうが、本書の対象者は、「すでにできあがってしまった会社のためではなく、年商数億円の普通規模の会社が、年商10億円を超えて大きく成長していくための飛躍の戦略を解説したい」となっていますが、これから起業する人や自営業者にも十分役に立つ内容です。

たとえばこれから起業する人にとって、どのような商品やサービスを扱うかが決定的に重要なので、その選択は慎重に検討すること、それを理解した上で、参入する領域は、とぼけた市場が良いと説きます。

陣を張るのは、長閑な市場である。のんびりしている。老夫婦でやっている。あんまり勉強してそうもないよなぁと思えるにも関わらず、そこそこ食べていける。そういう市場は狙い目である。

とぼけた市場とは、たとえば「のんびり」「技術一本槍」「職人気質」「趣味人」などのキーワードで表現できる市場です。あまり成熟していないために、戦略を持って乗り込めば業界地図を塗り替えることさえできると言っています。

アイデアを出させてくれる

今回、十何年かぶりに読み返してみました。戦略本は、以後も様々読んできたので、いい復習にはなりましたし、何より以前読んだ時の状況やアイデアを出していった当時のやる気までよみがえってきました。一番良かったのは、これから取り組もうとしている事業に関連してアイデアが何個も出てきたことです。

そうでした、この本は戦略の基本的なところを学べると同時に、アイデアを出すための本だと再確認しました。本書の言う60分間とは、頭の体操をしながらアイデアを出して、または、アイデアを出し合って、戦略を構築するための時間です。

顧客感情を軸として、6つのステップと関連する20のチャートを使って戦略を作っていきます。6つのステップとは、商品、顧客、競合、収益、タイミング、メッセージです。それぞれのステップに3つぐらいのチャートが含まれています。そのチャートに、扱っている(扱おうとしている)商品やサービスの現状を位置付けて、それを好ましいポジションに移動させるにはどうするかを考えるわけです。

チャートによって視覚化されるので、ポイントも整理しやすく、同じ土壌を見ながらみんなんでワイワイガヤガヤとアイデアを出し合える仕掛けでもあります。

需要を喚起する戦略がますます重要に

いままでの戦略論は、成長経済のもとで生み出された。その頃は、顧客はそこにいる、商品需要はそこにあることが前提だった。だから企業戦略も、いかにライバルを打ち負かし、顧客を奪うのかが主眼だった。
いまでも、ライバル会社に対して競争優位に立つための知識はもちろん必要だが、それだけでは十分ではない。なぜなら現在は、顧客がいない。商品需要もない。ライバル会社も、顧客がいなくて疲弊しているのである。ライバル会社と戦っている場合ではなく、まずは市場を創造しなければならない。つまり顧客の購買意欲を起こし、需要を喚起する戦略が必要になっています。もはやライバル会社が敵ではなく、顧客が敵なのだ。

20年ほど前の指摘ですが、状況は何ら変わっていません。 顧客が敵なので、顧客の感情を理解し、それをベースに戦略を構築できれば、黙っていても顧客を魅了し、顧客から選ばれる会社になれると説きます。

たとえば、第一ステップ「商品」のところの解説ですが、商品が売れない大きな原因として、その商品の内容が伝わっていない、と指摘しています。売る側は、商品に毎日接しているものだから顧客はわかっているはず、と思い込む。

顧客はさまざまな問題を抱えている。会社にいれば仕事が山積み。人間関係のトラブル。お金の問題。そして家に帰れば夫婦問題。
このように顧客の日常は問題の連続であり、彼らの脳の、ワーキングメモリーの99%はすでに使われてしまっていると考えるといい。しかも残りの1%を狙って、一日何千、何万ものセールスメッセージが飛び込んでくる。

そうなので、どんな人にでもわかる言葉で伝える必要がある。どんな素晴らしい商品やサービスであっても、分からないもの、未知のものには手を出せないのだから、と。

そして、わかりやすさを視覚化するために、「商品コンセプト伝達分析法」というチャートを使います。縦軸に「直感的に理解できるか?」、横軸に「使いこなせる自信があるか?」をとって、両方とも良くなるようにアイデアを出していくという具合です。

質問する習慣をつける

自営業者や起業家など一国一城の主、自分で事業を構築したという自負が強ければ、自分でしゃべることが多くなってしまいがちです。でも、問題が起こった時や、局面を変えたい時など一人の頭では限界があります。衆知を集めるためには、やはり人の話を聞けないといけません。人にいい話をしてもらうためには、いい質問をしないといけません。本書にアインシュタインの話が紹介されています。

アインシュタインは、「60分間で、これから出す問題についての解決策を見つけなければお前の命はないと言われたら、どうするか?」と聞かれたとき、「55分間は、適切な質問をするために使う」と答えたという。つまり、適切な質問をすることほど、適切な答えを導き出せるものはないということだ。

学問ならば自己内問答でいいでしょうが、企業活動ではそうはいきません。関係者にいい質問をすることを通して、全体像を把握して打開策や改善策をねらなければなりません。

本書により、6つのステップと関連する20のチャートを使って順に質問と答えを整理しアイデアを出していけば改善策が出てくるはずです。競争優位を明確化するための「いろいろな商品がある中で、なぜうちの会社から買わなければならないのか」「なぜ、あなたはうちの商品を買ったのか」や、問題点を明確化するための「いったい、いつまでそのような状態が続けられそうですか」、ニーズ・ウォンツを引き上げる「行動するメリットは何か、行動しないとどうなるか、行動に対する不安は何か」などなど。

教養的に読んでもいいですが、自分の取り組んでいる事業、取り組もうとしている事業をあてはめながら読み進めれば、実りあるものになるのは間違いありません。

実践するには少しばかり注意を

著者は、ダイレクト・レスポンス・マーケティングを得意としています。これは、広告やWebサイト上で情報発信し、問い合わせなど返答が来た消費者に対してのみ、商品やサービスを販売していく仕組みのことです。

特に、感情マーケティングと称していますが、顧客の感情を揺さぶるように、広告での表現を工夫することで、返答を起こさせようとする表現は見事です。本書でもその一端はうかがえます。それゆえ、少し注意が必要です。内容のない商品やサービスでも、表現を工夫して何とかしてしまう、ということもできなくありません。その方向に流されないように(著者も注意を促していますが)!

広告やWebサイト上の表現で、感情マーケティングを参考にしたものがいかに多いことか、そういうのを見分けられるようになるのも、収穫です。

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執筆者:有賀知道

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