『戦略プロフェッショナル』

公開日:2020年1月11日 更新日:

『戦略プロフェッショナル』(三枝匡・著、日経ビジネス人文庫、2002年)
『戦略プロフェッショナル』(三枝匡・著、日経ビジネス人文庫、2002年)。戦略があるとこうも違うものかとびっくりします。

MBA市民講座のテキストに使われていた

たしか10年ほど前だったと思うのですが、当時住んでいた板橋区で社会人向けの市民講座のようながありました。その中に、初開催されるというMBA講座がありました。どんなことやるのか興味があったのですぐに申し込みました。「この価格でMBAの講座は他では考えられません!」みたいな軽薄な宣伝文句に惹かれたわけではありません。

土曜日曜の二日間みっちり朝から夕方まで勉強しました。二日間で1万いくらかだったように記憶しています。その講座自体はそれなりに面白かったのですが、一番の収穫はそこで使われたテキストでした。それが本書です。こんな面白い本があったのか、というのが印象でした。この本に出合えたことだけでも、講座料は安いものだ、と思ったぐらいです。

それからは、機会があるごとにこの本を知らない人には薦めて、この本の面白さが分からないようならビジネスはやめたほうがいい(厚かましいのにもほどがありますが)、みたいなことを言ってたこともあります。

リーダー当事者が書いた戦略本で臨場感が伝わってくる

本書は、もともと経営者向けの戦略トレーニング・セミナーの教材として、ダイヤモンド社の支援のもとに作られたものがベースになっていて、1991年に刊行されました。それを2002年に文庫化したものです。

本書の一番の見どころは、本当にあった話をもとにしていることです。戦略を指揮した当事者そのものの人の話です。学者やジャーナリスト、評論家などが書いたものとは、臨場感がまるで違います。どのように現状を把握していって、どこに活路を見出して、迷い、決断し、具体的なプランに落とし込むまで克明に描かれています。

ともあれ、一人の戦略を指揮する人によって、まったく事業が違う方向に進むことがわかります。いなければ今までと同じようにただ時間が流れていっただけです。

自分なりのポイントを何点か挙げてみると

本書は、ストーリー仕立てで、途中途中に戦略ノートという解説が付きます。読むごとに付箋を付けるところが変わるところもありますが、いま、付箋が付いているところは、下記のようなところです。プロダクト・ライフサイクルやセグメンテーションを知らない人でも本書は理解できるようになっています。

  • まずは何を置いても、現状把握と分析。業績→市場の規模・成長率→競合→当社の強み・弱み。
  • プロダクト・ライフサイクル論を決して馬鹿にしてはならない。プロダクト・ライフサイクルの段階が違えば、競争の形態も違い、競合に打ち勝つカギも変わる。
  • 事業成長のルートには、ルート1(栄光)、ルート2(不安定)、ルート3(ドンジリ)がある。社内の雰囲気、組織の特徴、システム・管理、戦略意識において、ルート1企業とルート3企業は全然違う。
  • 良い戦略は極めて単純明快である。戦略がシンプルであるうちは、その市場を大きく押さえられる可能性がある。逆に、時間をかけ複雑な説明をしないと理解してもらえない戦略は、だいたい悪い戦略である。
  • セグメンテーションほど創造性を求められるものはない。新しいセグメンテーションを作り出す企業が勝ちを収める。企業戦略論の中で「絞り」「捨てる」ための道具としてこれほど有効なものはない。
  • 普通の人間が頭の中で扱える分類マトリックスは、せいぜい3×3の9コマが限界。
  • セグメンテーションの手法を導入したにもかかわらず、効果が出ないのは、セグメンテーションの組立て方が悪かったというよりは、それを組織の末端が忠実に実行したかどうか、よくわからないケースが圧倒的に多い。それを避けるには、しっかりした単純明快な報告システムが必要。
  • 1社は社長の評価がA、技術はB。もう1社は社長の評価がB、技術はA。社長がAなら、彼は自分の会社の技術がBであることを理解する。だからそれなりの対策や戦略を組む。評価Bの社長はどこで判断を間違えるか分からない。なので、投資をするなら前者。

読む人のその時の状況によって、見えることは違ってくると思いますので、何かあるときには読み返したい本です。

著者のその後の活躍がすごい

こうした臨場感ある本が書けるのも著者の経歴からくるものです。30代から経営の実践に転じ、赤字会社再建やベンチャー投資など3社の代表取締役を歴任。86年三枝事務所を設立します。上場会社クラスの企業を対象に、不振の事業部・子会社の再建支援を行う事業再生専門家として活動。2002年6月にミスミ代表取締役社長CEOに就任。2014年までに売上高4倍以上、営業利益4.8倍以上に成長させ、従業員340人の商社からグローバル1万人規模の国際企業に変身させました。

ちなみに、子供の頃は新聞配達をしたり、一橋大学の学生時代には母親と二人で自宅の6畳間でで小学生相手の学習塾を開いて生計を立てていたそうです。その後、国内企業を経て、ボストン・コンサルティング・グループに国内採用第1号として勤務します。75年スタンフォード大学経営学修士(MBA)取得。当時のことも本書で少し触れていますが、勉強するためには、お金も健康もすべてつぎ込むぐらいの気迫が伝わってきます。

本書のほか、『 経営パワーの危機 』(日本経済新聞社、1994年、文庫版は2003年)『 V字回復の経営 』(日本経済新聞社、2001年、文庫版は2006年 )と、企業再生3部作を書いています。

日本の凋落を予想

本書は1991年に書かれています。振り返ればバブル最後の時期になりますし、日本は世界に冠たる経済大国でした。現在のように凋落していくとは、ほんと一握りの洞察力のある人以外は、思ってなかったでしょう。著者は当時から日本は早く手を打たなければ、サバイバルには勝てないと予想しています。なぜなら、戦略的プロフェッショナルが育っていないから。

日本企業は深刻な「経営者的人材の枯渇」に見舞われている。集団主義は、これまでの日本企業の強みを生み出す基礎になってきた。しかしそれがために、個人が若いうちからあえてリスクを背負い、冷や汗をかきながら経営経験を積んでいくという機会が、必然的に遠のいてしまった。

たとえば、米国の戦略プロフェッショナルの育成は、日本が20,30年かけても簡単に追いつくことができないほど、と指摘しています。

日本と米国のそれぞれのビジネスマンが蓄えた経営経験の総量を数値化することができるとすれば、その差は両国の人口やGNPの比どころではない。多分、米国のほうが、20倍か30倍も大きく、同じ比較を20代から30代の若年層に限って行えば、数十倍の差がついているはずである。

ただ、弊害もあります。

社会や組織の中でプロフェッショナルな職業があまりにも幅をきかせると、弱肉強食のルールが支配し、人々の動きは流動的、刹那的になり、貧富の差は拡大する。米国社会にはその弊害が多くみられる。

日本は米国式のルールに染まりすぎるのは良くないが、それでも米国に対抗しサバイバルするためには、プロフェッショナルのレベルを引き上げなければならないと著者は言うわけです。30年ほど前の指摘です。著者の危惧通りになってしまったのは残念なことです。米国式ルールの上で日本の存在はどんどん弱まっています。

もっとも、著者も危惧している弱肉強食が、際限なく行きすぎて、米国式のルールに変更を迫るかもしれません。米国式のルールがこれからもずっと幅を利かせられるかどうかは、わかりません。

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執筆者:有賀知道

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