『伝統食の復権』

公開日:2021年1月16日 更新日:

食の欧米化によってこれまでの食生活の体系が破壊され、健康も体力も失われてきたとして、「ご飯と味噌汁は2~3倍、おかずは三分の一に、よく噛んで」食べる習慣の復活を提言します。

『伝統食の復権』(島田彰夫・著、東洋経済新報社、2000年)
『伝統食の復権』(島田彰夫・著、東洋経済新報社、2000年)

硬いものを噛んで顎を鍛えて視力回復?

本書は半年ほど前に初めて読みました。私自身いつからか何気にやっていた習慣の源泉がこの本にありそうだということがわかり、「この人が言い出したことなのか!」と妙に親近感がわきました。

  1. 視力が悪くなるのを少しでも遅らせるように顎を鍛える。いつも食べているわけではないが、思い出した時にスルメやハード系のパンなど硬いものを食べるようにしてきた。
  2. 牛乳を日常的に飲むことがなくなった。

視力低下は、生物としてのヒトとしての機能低下の話として本書でも度々出てきます。その原因として食物が軟らかくなったからと指摘しています。食物の軟化→咀嚼の必要性の低下→顔面の筋力の低下→水晶体の調整困難→視機能の低下という具合に説明されます。ただ、本書を読む限り証拠が十分という感じでもありません。ゆるい仮説の域はでなさそうので本当かどうかはわかりません。

でも、私は硬いものを噛む習慣は続けそうです。顔面の筋力は心地よく鍛えられるし、何より食べている気がします。そして、アミラーゼ活性にも役立ちそうです。

アミラーゼ活性? 

アミラーゼ活性(と言っても本書で初めて理解したワードですが)と牛乳を飲む必要なしというは、本書のテーマそのものです。

ヒトの食性と北緯50度の栄養学

文明開化と第二次世界大戦後の食生活革命によって、日本人が築き挙げてきた伝統的な食生活の体系は破壊されてしまいました。(略)

特に、第二次世界大戦後の、「栄養改善運動」といわれる食生活革命は、高度経済成長も手伝って、日本の食文化を否定することによって進められてきました。世界には多くの民族がいますが、わずか数十年の間にこれほど食生活が変化した民族はありません。遺伝的な変化を伴わなければ対応できないほどの大変化を、わずか数十年で成し遂げてしまったのです。

その結果、健康も体力も失われ、代わりに体の大きさと生活習慣病を手に入れたのが現在の日本人だと容赦ありません。食生活革命前の日本人は体格は小さかったが体力があったという話(日本に来ていた外国人から見て)も度々出てきます。

さて、健康の回復には「まず動物であるヒトと、日本人、アジア人であることを意識した食事をすること」として「ご飯と味噌汁は2~3倍、おかずは三分の一に、よく噛んで」食べることを勧めます。

まず生物としてのヒトの食性は「デンプンを中心とした植食性」と断定します。爪や歯、咀しゃく、消化酵素などの形態や機能から見てです。特に消化酵素について、ヒトの特徴はアミラーゼの活性が高いことを強調します。アミラーゼはデンプンを分解する酵素で、その活性が高いということは体がそれだけデンプンを求めていると指摘しています。なので「ご飯は2~3倍」です。

日本人であることを意識しろというのは、日本の豊かな自然環境の中で得られるものを食物とするということです。何をそんな当たり前のこと、と言えないことをしていたのが食生活革命です。著者は「北緯50度の栄養学」と言っていますが、明治以降、盲目的にドイツの栄養学が受け入れられていったことがわかります。

ドイツのベルリンが北緯52度、ミュンヘンが48度、東京が35度、日本北端の稚内でも46度です。環境が違えばできる作物も違います。

寒冷で穀類の栽培が困難なヨーロッパでは、乳肉に依存した食生活をせざるを得ませんでした。ヒトの食性からは外れた食生活ですが、熱帯を起源とするヒトがヨーロッパで暮らすことになると、それはやむを得ない選択だったといえます。長期にわたる生活の中で、遺伝的にもその地域の食生活に適応したヒトが現れ次第にドミナント(優勢)になっていきました。

牛乳でお腹ゴロゴロは当たり前

たとえば牛乳です。日本人をはじめアジア、アフリカ人、さらには哺乳動物共通で、乳児期には乳(乳糖)を消化するためにラクターゼと呼ばれる酵素が分泌されているが、離乳期以降は分泌されなくなります。一方、ヨーロッパ人は成人になってからもラクターゼを分泌し続けられます。牛乳を消化し栄養にし続けることできるわけです。そうすることができるように長い年月をかけて遺伝的になってきたということです。

日本人の多くは離乳期以降は牛乳を消化できないということで、われわれ大人が牛乳を飲んでお腹がゴロゴロなっても当たり前のことだったのです。

「乳糖不対症」「牛乳不対症」などといわれます。病気のような錯覚を与える呼称ですが、これは病気ではありません。あなたが哺乳動物として正常に離乳していることを示す証拠です。

ちなみにラクターゼというのは乳糖をブドウ糖とガラクトースという糖に分解させることができます。分解されてブドウ糖が吸収されエネルギー源になります。ヨーグルトやチーズの場合は、加工の過程で乳糖はブドウ糖とガラクトースに分解されてはいるのですが、ガラクトースはこのままではエネルギー源にはなれず今度はガラクトキナーゼという酵素が介してブドウ糖になってはじめてエネルギー源になります。

ガラクトキナーゼという酵素もヨーロッパ人など一部の人たちは成人になっても持ち続けますが、日本人などは離乳期以降はなくなります。われわれがヨーグルトやチーズを食べたときのガラクトースは栄養源にならないというだけならいいのですが、ガラクトースは白内障の原因になると世界での報告例をもとに著者は注意しています。

「ヨーグルト 白内障」で検索してみると、眼科のサイトでもガラクトースと白内障の話を出しているところもありますね。一方、日本乳業協会は問題なしという見解です。

ヨーグルトと白内障については、ある大学の教授がラットで行った実験結果をもとに人間にもリスクがあると発表しています。しかし、ラットの摂取量を人間に換算すると、体重60kgの人で1日に21~24kgも摂取することになります。これは、プレーンヨーグルト1箱500gで42箱分となり、カロリーにすると12,600kcalです。私たちが通常1日に食べるのは、100~300gにしかなりませんので、心配することはありません。

日本乳業協会のサイトより

私自身とすれば、牛乳にしてもヨーグルトにしても家に常備していませんが、人からいただいたり、お邪魔したときに出されたり、観光地に行って名物を目の前にすれば完全に食べますね。牛乳を飲んでもお腹ゴロゴロもさほどないし、温泉あがりでビールが飲めないときに牛乳をグビッとやるのも悪くないです。そもそも洋菓子もパンもアイスも日常的ではないにしろ食べるので間接的にも食べてます。緩い感じでやってます。

これぐらいは著者の想定範囲のようです。ハレとケでケがきちんとできていれば、「たまにはアンバランスな外食を」と勧めていますので(きちんとしていればの話ですが)。

食術の破壊

ケは「ご飯とみそ汁は2~3倍、おかずは三分の一に、よく噛んで」です。

北緯50度の栄養学ではなく、動物であるヒトと日本人であることを意識した食事をすることはわかった。アミラーゼ活性なのでコメを2,3倍もわかった。でも、味噌汁をそんなに飲んだら塩分過剰になるのでは? 

食塩の摂取で気をつけなければならないのは、量よりも濃度

食塩濃度が生理的食塩水に近いものであれば問題ありません。味噌汁はその代表的なもの

味噌汁と同じぐらい簡単に作れて、毎日摂取しても飽きず、同じぐらい安価で、栄養価も同等以上という代替食品が示されていない

味噌汁好きにとっては援軍です。ともあれ、著者は毎日がハレ続きのお祭り騒ぎの食事をいさめます。

現代のような食生活になってしまった背景として、先ほどの北緯50度の栄養学と、食術の破壊を挙げています。食術というのは著者の造語です。

1991年の台風19号のときに、著者の住んでいた秋田でも3日間停電をした地域があったそうです。その間の食生活のヒアリングをしたときに、3日間ご飯を食べなかったという人が少なからずいたというのです。米もあったし、水もガスも普段通り供給されていたにも関わらずです。電気だけがストップした状況です。

そうです、電気ガマを使わなで米を炊く方法を知らない、試すことすら思いつかない、です。著者はこのことをきっかけに食術という言葉を使い始めました。

食術とは、食に関するさまざまな知識、技術、経験、勘、コツなどの総称で、代々工夫されながら受け継がれてきたものです。

ご飯が炊けなかった話、笑い話のネタのように出てきますが、ワタクシ、まったく笑えなかったです。数年前まで・・・

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執筆者:有賀知道

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