3月17日の夜、風呂上がり、どうも足の親指付け根が疼きます。またきたか、この感覚。ここ何日かパクついていた辛子明太子が良くなかったか、昼にラーメンのドロドロスープを飲み干してしまっても後の祭りです。前回疼いたときも同じようなことをやっていた記憶が・・・。少し歩くのでも痛い、どんどん悪化していきます。寝るのにも支障がでそうな感じでしたが、昼間の農作業で疲れていたので問題なかったのはありがたい。
いま、痛風になりかける。 2020年12月30日の記事を読み返してみたら3年おきぐらいに疼きだしていることになります。周期があるかどうかはさておき、第二ステージに向けて の第一に「食べ過ぎない」をあげ、健康の話はどこにいっても鉄板ネタ で『無病法』(ルイジ・コルナロ 著、PHP)の助けを借りてまで戒めようとしていたのにも関わらず、ここ最近は気が緩んでいました。
昨年の本格的な畑作業で、体重はどんどん減り、一番減った時は64㎏を割り込み体脂肪率も10%を下回りました。村の健康診断で前回よりも10キロ近く減っていたので計測した人に「体重が減ったこと知ってますか?」と逆に心配されてしまいました。「畑作業があまりにも重労働なので」と本当のことを言いましたがわかってもらえたかな。あまり減り過ぎるのもよくないか。
という次第で、腹は減り食べものもうまいし、小食にするというよりも、食べてすぐに動けなくなるほどに食べないようにしよう、と方針を緩めに調整しようかと思っている所でした。というより、そうしてました。というより、冬の間は食べてすぐに動くような場面も少なくていいのでどうしても食べすぎです。
68㎏近くまで戻ってました。いい季節になってきたのでぼちぼち動くことも多くなってきます。食べてすぐに動けなくなるほどに食べないようにしよう、これで試してみます。
通風の初期発症のほうは、前回と同じようにアルカリイオン水といただきものの文旦のおかげ(と思っていますが)で症状は重くなることもなく、次の日は無理に動かず安静にしてましたが、翌々日からは通常運転になっています。
追伸:6年ぶりの激痛はじまる
<2024年4月5日記>
4月5日夕現在、作業はもちろん、まともに歩けない日が1週間以上続いています。左足の置き所にも困るような常時の痛みや重みはなくなってきていますが、靴を履いてまともに動けるようになるまでまだ1週間近くはかかるのではないかと。
上記で書いたように初期発症のほうは一時撤退したかのように見えました。その後通常運転(食事も飲酒も)はしていたのですが、完全には親指の付け根のうずきはなくなっていない感じはありました。軽めですが畑作業していて足裏が凸凹のようなところに着地すると特にそんな感じです。
しかしながら、軽めではすまなそうな作業をする3月27日を迎えます。タラノメ、根を切り分け種根にする です。前々から決めていた日です。作業しているうちにどんどん悪化。でも、やりきってしまわないと。
無理をしてやった結果、6年ぶりの激痛の始まりです。今回は36.9℃ですが3日間ほど微熱まででました。4月5日現在やっと左足全体のパンパンが少しやわらいできて、寝るのもだいぶ楽になってきました。それまでは、左脚の置き所にも困るような常時の痛みや重み、時折くる強いズキンズキン、もちろん動けません、まともに寝れません、寝るのも怖い。食欲はあるが食べると足のズキンズキンが増すような感じで怖い。
おそらく6年前も同じくらい痛かったはずです。すっかりそのときのことを忘れていて、あまりに甘く見ていました。
でもどうも、食べたり飲んだり体を動かしたりするだけの問題でもなさそうな気もしてきています。たしかに、近親者にも痛風患者がいるので体質的なものも大きいかもしれませんが、爆食をしているわけでもないし、今年から酒も金~月までの4日間だけだし、体も動かしているし、体重もやせているほうになっちゃってるし。にもかかわらずです。ビジネスの形に早くしようとするあまり、焦っていたり、慌てたり、イライラしていたり、心の持ち方も関係していそうです。そうでした、ブヨ、恐るべし、侮るなかれ で書いた痒い症状もいまだ全快とは言えず、イライラした時などまた痒くなりだす。これで気付けばよかったか。さらに痛風でもって、心を静めさせようとする天の計らいか。
ともあれ、畑作業は、前の仕事のように体が動かなくてもできることではないので影響大です。収穫して出荷や苗の植えつけなど待ったなしのものは嫁さんにお願いして気張ってもらうほかなかったです。あと、養鶏のため当初4月19日のヒナの入手を5月10日に遅らさざるを得ず業者の人と一緒に購入した人に迷惑をかけてしまいました。
今後危なそうなときはこの写真を見て、食べるのも怖い状況が起こりえることを思い出し、よくよく気をつけていくことにしよう。