『小林カツ代と栗原はるみ』

公開日:2019年10月15日 更新日:

『小林カツ代と栗原はるみ』(阿古真理・著、新潮新書、2015年)。

『小林カツ代と栗原はるみ』(阿古真理・著、新潮新書、2015年)。高度成長期以降、活躍してきた20人ほどの料理研究家の位置づけがわかります。

レシピの大海をどう泳ぐのか?

ネットでレシピを調べようとすれば、クックパッドをはじめ膨大な量の情報に接することができます。レシピを見回っているだけで疲れてしまうことさえあります。今や、レシピをどう探すかよりも、情報洪水の中からどれを選ぶかのほうが悩みになる時代です。

情報の大海に乗り出すためにも、何か軸になるものを持っておかないと、ゆらゆらゆらゆら、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、挙句の果ては利用したそのレシピはまったく覚えていない、その時だけ情報を消費するみたいになってしまうかもしれません。

この軸づくりに料理研究家に助けてもらうのはいかがでしょうか。自分の状況を踏まえながら、合いそうな料理研究家を探すのです。

同じ料理でも作り方はさまざま

たしかに、同じ料理でも料理法はさまざまです。人によって違います。本書でも、ビーフシチューなどを例にとって作り方が料理研究家によってだいぶ違うことを示しています。その料理法には、その人の考え方が反映されていると言ってもいいでしょう。

どの作り方がいいのか、悪いのかということではなく、どういう立ち位置の人がどう提案しているのかを、知ることが大事です。

本書のタイトルは二人ですが、高度成長期以降に活躍した20人ほどの料理研究家を取り上げています。登場する順に並べますと、江上トミ、飯田深雪、入江麻木、城戸崎愛、有元葉子、小林カツ代、栗原はるみ、土井勝、土井善晴、村上昭子、辰巳浜子、辰巳芳子、ケンタロウ、栗原心平、コウケンテツ、高山なおみ、です。

(大きな声では言えませんが)本書を通読しなくても、上記の料理研究家の立ち位置を一覧できるように作成されたマトリックス(四角形を区切ったもの。2×2の4コマに分類)を見るだけでも価値があります。

料理研究家の位置づけ

マトリックスは、本格派ー創作派の縦軸とハレーケの横軸によって構成されています。この2軸を設定したことで、非常にわかりやすいものになっています。

本格派フランス料理、郷土料理など正統派の料理文化を伝えることに力点を置く
創作派自分流にアレンジしたり、素材や調味料を独自に組み合わせる料理法を追求
ハレ行事料理やパーティー料理などを中心にする
日常の総菜に力点を置く

たとえば、小林カツ代や高山なおみは、創作派とケの深いところのゾーンにいます。ハレとケのちょうど真ん中で、創作派の深いところにいるのが栗原はるみで、本格派に行くにしたがって、土井善晴が登場し、一番本格派の位置にいるのが、江上トミ、土井勝、辰巳浜子、辰巳芳子という具合です。

この立ち位置でその人が活躍するのは、時代の要請、背景があるということを説明するのが本書の主題です。

料理研究家の研究

言い忘れていましたが本書は、レシピを紹介する本ではありません。サブタイトルが「料理研究家とその時代」となっているように、料理研究家が活躍する時代背景にも斬り込んでいます。人気になる料理研究家にはその時代に登場する必然があるはず、時代を象徴しているはずだ、と。

主婦層が分厚くなり、新米主婦たちの料理の腕が危ぶまれ始めた高度成長期の後半になると、伝統的な家庭料理を教える土井勝や辰巳浜子が人気を集める。
働く女性の時代に支持を集めたのは、それまでの料理の常識を覆すような時短料理を考え出した小林カツ代である。外食が日常化し、家庭料理にも変化を求める人がふえた平成の時代になると、数千レシピを提供する栗原はるみがカリスマ的な支持を集める。

時代背景には、これまでの主婦論争にも話が及び、女性史として読んでも面白いです。

ともあれ、時代背景を踏まえて、個人史も辿りながら、料理研究家がどのような料理をどう提案してきたか、わかるような構成になっています。

上述のマトリックスを踏まえて、読み進めれば、上級者ならば、一つの素材を伝統的に展開するとか創作的に展開するには、どの料理研究家を参考にすればいいのかわかるでしょうし、料理初心者は、まず、簡単で時間もかからない時短料理を得意とする料理研究家から学んでいって、慣れてきたら本格派の勉強に進むとか、できるのではないでしょうか。

ちなみに、著者がさまざまな料理研究家の個人史を辿った成果をひとつ。2013年に放送されたNHK朝のテレビ小説『ごちそうさん』、杏が演じる主人公のモデルを推量しています。辰巳浜子と小林カツ代です。人生の大半は辰巳浜子、前半生と大阪編の一部は小林カツ代のエピソードからとったものだろう、と。

アーティストとアイドル

最後に、タイトルにもなっていて多くのページ数を費やしている、小林カツ代と栗原はるみ、の説明を少し。二人を対比しているところが面白い。

栗原はるみが小林カツ代ともっとも違うのは、その立ち位置である。小林カツ代は、『料理の鉄人』出演の際のエピソードからもわかるように、主婦と言われることを嫌がった。自分は「家庭料理のプロ」なのだと言い続けた。しかし、栗原は自分の存在が社会現象となった1990年代、自らを主婦だと言い続けた。

小林カツ代の料理の鉄人のエピソードとは、制作者側が「主婦の代表」とキャッチフレーズをつけたかったが、断固拒否したというものです。家庭料理というのは、中華、フランス料理と並ぶものであって、上でもないし、下でもない、一つのジャンル、プロの技なんだという思いがあったということです。

こうした小林カツ代の姿勢で、家庭料理の常識に挑戦し続けた姿を著者はアジテーターとかアーティストと位置付けています。

一方、栗原はるみを、アイドルと位置付けています。 偶像の栗原はるみが実生活から乖離しないように、自分を主婦と位置付けているとして、その上で、親近感をもたらすような私生活をネタにする姿を指してです。もっとも、これは悪い意味ではありません。

栗原はるみは、届かないと思っていた世界を、自分のものにさせてくれる。外食や昼食で「おいしい」と思ったものを、自宅で再現できるレシピを提案する。中華料理店のパラパラチャーハンをあなたもつくれると、栗原は励ましてくれるのだ。

著者は、それをレシピの民主化と呼びます。そして、小林カツ代が起こした家庭料理の革命を、栗原はるみが完成させたと喝破する。

ともあれ、自分の状況や好みを踏まえながら、合いそうな料理研究家を探すのにはいい本です。

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執筆者:有賀知道

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