植物も食べられたくない
植物は、必要な栄養を自ら作り出せるだけでなく、すべての動物の食料までも賄ってくれています。肉食動物も草食動物がいないと成り立ちません。改めてものすごいことだと思います
だいぶ長い間、植物を誤解していました。植物のおかげで動物は存在できますが、恥ずかしながら、動物に食べられるようにできているぐらいの感覚でした。しかも、自然のものは体によさそう、というおまけつきです。
でもこの本を5年ほど前に読んでから、考え方ががらりと変わりました。自然のものは体に良いどころか、基本的には危なさも併せ持っていると考えたほうがいいのではないか、と。毒キノコは特別なのではなく、程度の差こそあれ動物にとって危ない要素を持っているようです。言われてみれば、まったく当たり前のことですが、植物も食べられたくない、そのための防衛の仕組みがあるからです。
本書のサブタイトルからもわかるように、生き残れるように巧妙な仕組みがあることがわかります。生き残るためには、すべて食べられないようにしないといけませんし、病気にもならないようにする必要がありますし、動けないので過酷な状況でも対応できないといけません。本書で取り上げている例を少し挙げてみます。
まずは、食べられない仕組みから見てみましょう
トゲを持つ
バラやオナモミ、アロエ、サボテン、ワルナスビ、イラクサ、ライオンゴロシなど。
たとえば、イラクサには、葉や茎にトゲが少ないものから多いものまでいろいろあります。奈良公園ではトゲのあるものしか育っていないと言います。実験的に、トゲの少ないものや多いものが混ぜて植えられたことがあります。
何年かたってみると、トゲの多いものばかりになっていました。そうです、シカがトゲの少ないものは食べたわけです。
イラクサの漢名は「蕁麻」です。蕁麻疹(じんましん)という言葉は蕁麻の発疹から来ています。イラクサ(蕁麻)のトゲに刺さると発疹が出て痛みやかゆみの症状が出るので、それに似たような症状が蕁麻疹となりました。トゲには蕁麻疹の原因になるアセチルコリンやヒスタミンという物質が含まれています。
シカもトゲ(しかも毒つき)のあるイラクサは食べたくないのはわかります。
毒を持つ
シャクナゲ、トリカブト、アジサイ、ユーカリ、アセビ、ヒガンバナ、チョウセンアサガオ、ハシドコロなど。毒があれば動物に食べられないのは言うまでもありません。
食べられるものでも毒を持つ部分があったりします。ジャガイモ、ギンナン、モロヘイヤなど。
ジャガイモの芽や表面の緑色の部分は毒であること、ギンナンも食べすぎは良くないことは知られるところです。モロヘイヤは種には毒があります。市販のものは葉だけなので危なくないですが、栽培する人は注意です。葉っぱ以外の部分は食べないようにしないとです。
ところで、動物の世界に擬態というものがあります。他の動物に見つかって食べられないように、周りの植物の葉や枝などにそっくりになることです。これと同じことが植物でもあると言います。毒を持つ植物に似せていけば食べられないというわけです。本書では、ニラとスイセン、フキノトウとフクジュソウ、ヨモギとトリカブトが例としてあがっています。たとえば、毒を持つスイセンのほうにニラが寄せていったということです。時々、新聞の社会面を賑わせます。毒キノコもそうですが、生兵法は大怪我の基です、注意したいところです。
渋い、苦いなど不味い
クリやカキ、タデ、トウガラシ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、コショウ、ショウガ、サンショウ、ゴーヤ、タケノコなど。
不味ければ動物に食べられないのはごもっともです。たとえば渋柿です。カキの渋みの成分はタンニンという物質です。渋柿というのは、タンニンが果肉や果汁に溶け込んでいるカキです。
果肉や果汁に溶けているタンニンには、溶けない状態の「不溶性」に変化する性質があります。タンニンが不溶性の状態になると、タンニンを含んだカキの果肉や果汁を食べても、口の中でタンニンが溶け出してこないので、渋みを感じることはなくなります。果肉や果汁に溶けているタンニンを不溶性の状態にすることを、「渋を抜く」と表現します。
タンニンを不溶性にする物質がアセトアルデヒドです。酒飲みには馴染みの物質です。飲んだ後に体内に吸収されて血液中に入る物質です。これが酔うという状態を引き起こします。
それはさておき、カキの実の中で種ができあがってくるにしたがってアセトアルデヒドがつくられてきます。これによって、タンニンが不溶性に変わった証が、黒いゴマののようにみえるものです。見てくれは悪くなりますが、黒い斑点が多いカキの実ほど渋みは消えているというわけです。
こうして、渋いカキは自然に甘くなります。カキの実は、タネができる前の若いときには、虫や鳥に食べられないように渋みを含みます。タネができあがってくると、鳥などの動物に食べてもらえるように甘くなりタネを運んでもらいます。
人為的に渋柿から渋を抜くこともできます。カキの実も呼吸をしているので、それを止めてアセトアルデヒドを発生させてやるというのが方法です。お湯や焼酎につける方法などでです。
昔からの生活の知恵では、アセトアルデヒドを知らなくても、干し柿にすることによって甘くなることをやっていました。皮をむいて干すと、果肉の表面が堅く分厚くなります。そのため、空気が実の内部に入らないので、呼吸ができなくなりアセトアルデヒドが発生する。仕組みとすればこうなるでしょうが。
植物も病気になりたくない
植物は、病原菌が嫌う成分を持っているものがあります。ヤマイモやオクラ、サトイモ、モロヘイヤ、アシタバ、レンコンなどのネバネバ成分(ムチン)であったり、パイナップルやイチジク、メロンなどに含まれるたんぱく質を分解する成分です。お正月にした羽根つきの黒い玉に使われていたムクロジという植物の実は、石鹸と同じ成分を持っています。
独特の香り(フィトンチッド)で病原菌を寄せ付けない植物もあります。ヒノキやクスノキ、タケ、ササなどです。われわれの周りにもその効用を見ることができます。ヒノキは世界最古の木造建築の法隆寺に使われ、身近ではまな板や風呂桶に使われています。クスノキの葉は防虫剤に使われる樟脳(しょうのう)という強い香りを含んでいます。タケの皮で鯖寿司を包む、ササやタケの葉は桜餅や柿の葉寿司にも使われています。
病原菌は弱いところを攻撃してきます。たとえば人で言えば傷口とかです。人はかさぶたを素早く作ってこれを防御しようとします。植物も同じようなことをしてくれる物質があります。ポリフェノールです。ポリフェノール酸化酵素がポリフェノールと酸素の反応を進め、ポリフェノールを黒褐色にします。リンゴの切り口が黒くなるのはこのためです。バナナやナス、レタス、ゴボウ、ウドなども同じです。変色しないように、水や酢につけて酸素と反応しないようにするのは昔からの生活の知恵です。
日光は植物にとっても有害
植物にとって日光は光合成に必要で大歓迎以外のなにものでもなく、害になるとは本書を読むまで思ってもみませんでした。
われわれ世代は、小中学校の時は、太陽を浴びて健康(的な色)になれと言われたものです。でも、今はそうなっていません。紫外線の害が認知されてきたからです。紫外線は植物にとっても有害だとは。人であれば、帽子や日傘、UVケア商品で防ぐことはできますが植物はできません。どうするのか?
紫外線があたると動物だろうが植物だろうが活性酸素を発生させます。これが有害になります。老化を早めるとか、成人病の引き金になるなど、よく聞くようになってきました。
活性酸素を取り除く物質が抗酸化物質と言われるものです。ビタミンCやビタミンEが代表です。というわけで、われわれは、ビタミンCやビタミンEを含んだ野菜を食べろと勧められているわけです。
植物はどうするか、ん? なんで野菜はそもそもビタミンCやビタミンEを持っているんだ。
そうです、植物は活性酸素を取り除くべく、それらの物質を自ら作りだしています。われわれは、その恩恵にあずかっているだけです。
しかも、活性酸素は、紫外線があたったときだけ発生するのではありません。これも本書を読んだ驚いたのですが、植物は日光を十分に使い切れていないというではありませんか。昼間の太陽の光の強さは約10万ルクスで、多くの植物が光合成で使いこなせる太陽の光は2.5~3万ルクスだそうです。なぜそうなるかというと、これまた驚きで、二酸化炭素が少ないからというではありませんか。
ともあれ、光合成に使い切れない太陽の光エネルギーは、働く場がなく、行き場を失い、活性酸素を作り出してしまうといいます。
ともかく、動くこともできず日傘もない植物にとって、大量の抗酸化物質が必要です。ビタミンCやビタミンE以外で、植物がつくる代表的な抗酸化物質がアントシアニンとカロテンです。花びらの色を出す素になる物質なので色素と呼ばれます。
アントシアニンは、何色というよりも、酸性の液に反応して濃い赤紫色になり、アルカリ性が強くなるにしたがって青色から緑色、黄色へと変色します。バラやハイビスカス、アサガオ、シクラメン、サツキツツジなどに含まれています。カロテンは、赤や橙、黄色の色素です。キクやナノハナ、タンポポ、マリーゴールドなどに含まれています。
きれいな花を咲かせるのも、虫を呼び寄せるためかと思いきや、紫外線から体を守るため、ということもあるということになります。
花びらだけでなく、葉や根や果実にも含まれているものもあります。たとえばトマトの実はカロテンを含んでいます。紫外線や強い光の下ほどその害を取り除くために強く色づくそうです。いまは、植物工場のようなところでも作物は作れるでしょうが、この話を聞いてやはり太陽のもとで育った色づきのよい作物を食べようと思いました。
過酷な環境でも生き延びるために
人間と同じように、植物も暑さも寒さもやはりキツイが自分で対処できなと誰も助けてくれません。
暑さに対処する方法は人の汗と同じです。葉が水を蒸発させることで、からだの温度を冷やすというものです。そのため、夏の昼間など、植物は多くの水を使います。土が大量にあり根がしっかりはれて水分を吸い上げられればいいですが、花壇やプランターではそうはいきません。夕方になると土はカラカラに乾きます。なので、本書では水やりは夕方がいいと説明します(カビが生えているようなところはダメですが)。
反対に寒さに対しては、凍らないようにするために、例えば葉は糖分を増やします。揮発しない物質が溶け込めば溶け込むほど固体になる温度が低くなるからです(凝固点降下)。冬の寒さを通り越したダイコンやハクサイ、キャベツなどは甘いと言われるのはこうした理由があったわけです。この現象を商売に利用して、「寒じめホウレンソウ」「寒じめコマツナ」は、出荷前にわざわざ一定期間寒さにさらすして甘みを出すということをします。雪下ニンジンも同じ理屈です。
こうした利用法や、先ほどのバナナやリンゴの切り口を水や酢につけるというような話は “なるほど” という感じです。植物の仕組みを知ると、それを科学的に応用して商売にする人が現れるのも成り行きです。本書でも少し物質の説明はされていますが、オーキシンを使っての種なしイチゴやトマトをつくる。ジベレリンを使って成長を調整する。はたまた除草剤をつくる。これらについては、またお話する機会があると思います。