『自給再考』

公開日:2020年4月28日 更新日:

『自給再考』(山崎農業研究所・編、農文協、2008年)。
『自給再考』(山崎農業研究所・編、農文協、2008年)。副題は、グローバリゼーションの次は何か。

食は命の薬

以前、家庭料理のところで取り上げた『うおつか流台所リストラ術ーひとりひとつき9000円』の魚柄仁之助さんには、『うおつか流 清貧の食卓』という著作があります。

その中で、食情報は疑ってかかれ、と注意を促しています。なぜなら、情報を流す側の都合のいいようにしか情報を流さないからだと。自分も流す側にいいように利用されたことがあると反省しています。

それは1988年頃、沖縄の長寿と肉食習慣についての調査でした。スポンサーは肉の消費を推進する団体です。高名な栄養学者を中心に、何人かの新聞記者たちが取材・編集にあたります。魚柄さんもそれに加わります。取材する側としては当然、肉をよく食べると答えるだろうと思っているわけです。なぜなら、沖縄は豚肉の消費日本一ですから。でも、皆が皆、あまり食べないと答えます。誰一人として、毎日のように肉を食べる人はいません。報告書には「長寿老人たちは、肉も好き」と書くぐらいが精いっぱいだったといいます。

でも、その後、スポンサーだった団体が出したカラー写真入りの食肉ハンドブックには、沖縄の長寿老人を支えているのは、たっぷり肉を食べる食生活と言わんばかりに書かれています。しかも、その本は、全国の保健所などに無料配布されたそうです。

さもありなん。

本書(『自給再考』)にも、沖縄の長寿の秘訣は食にあり、とにらんで調査した民俗研究家の結城登美雄さんの話が載っています。ただ、上記とは話が少し違うように展開します。

2003年頃、「やんばる」と呼ばれる沖縄の北部に暮らす90歳以上の高齢者の食生活の調査でした。特別な食材も見当たらない。自分たちと同じような食生活のように見える。それでもしつこく質問し続けていたら、104歳になる最長老の「おばあ」が笑いながら教えてくれたそうです。

「沖縄ではね。食は『ぬちぐすい』というんだよ。『ぬち』は命のこと、『ぐすい』は薬のこと。食は命の薬さ。人間にとって一番大切なものさ」。そして畳みかけるようにこう付け加えた。「本土の人はみっともないねえ。時々スーパーで買い物する姿をテレビでみるが、みんな棚の食品を手にとると、すぐに袋を裏返して疑い深そうに表示見ているね。賞味期限、原産地、添加物・・・・。みんなそのくせがついてしまっているね。でも、あれは品がよくないね。他人に食べものを作ってもらいながら、その食べ物に毒が入っていないかと疑っている。そんなに信じられないのならば、なぜ自分で作ろうとしないのか。ここ『やんばる』では、みんな自分と家族の食べ物は屋敷近くの『あたい』という自給の畑で育てているよ」と。

自給する家族・農家・村は問う:結城登美雄

自給畑で作ったものを食べることが長寿につながるかどうかはさておき、私がもっとも感銘を受けたところです。

自給の対極が世界貿易

みっともない行動(賢い消費行動とも呼ぶ)だと分かったうえで、原産地、添加物をたしかめざるを得ない状況もたしかにあります。

日本人は平均すると地球を4分の1周運ばれた食料を口にしているそうです。貿易なしには日常が成り立たなくなるまでになっています。

今日、わたしたち日本人は世界から穀物をはじめありとあらゆる食料を輸入して史上空前の「飽食」生活を営んでいる。グローバリゼーションの下で、野菜や果実、食肉、乳製品、水産物、惣菜至るまで、わたしたちの食生活は輸入物資に支えられている。

この輸入食料は次第に世界的な多国籍アグリビジネスの支配下におかれるようになっている(西川潤『データブック食料』岩波ブックレット)。わたしたちの食生活で、加工食品、外食の比率が増えているが、わたしたちの食、健康が次第に多国籍企業の影響にさらされるようになってきたのだ。

この多国籍化した食生活は同時に、世界的な食糧需給構造の変化、飢えの増大、そして気候変動の影響の日常化、また、遺伝子組み換え農作物、牛のBSE(海綿状脳症)、鳥インフルエンザ、さては農薬成分入り餃子に至るまで、不安に満ちたものです。このことをわたしたちは認識しなければならない。

世界の「食糧危機」:西川潤

生産も流通も高度に工業化された結果、現在のような状況を可能にしました。安くいろいろなものが手に入る恩恵もあります。

でも、西川さんの指摘の通り不安に満ちたものです。輸入物資なしでは、日常が成り立たなくなる不安定さも恐ろしい。日本の食料自給率は37%(2018年)です。しかも、少数の多国籍企業の支配下というのは不気味です。

本書は、この低い食料自給率を取り上げて、食料自由化を推進しながら、他方では自給率向上を叫ぶことには根本的な矛盾があるという、行政がらみの問題についてのみ論じているのではありません。もう少し根本から問題提起しています。

食のみならず暮らしをめぐる状況は、グローバリゼーションの進展のもと、混迷の度合いを一層深めている。こうしたなか、声高に語られがちな「危機」の本質を「自給」から問い、「自給」を育てるなかから新しい時代を拓くことこそが、いま必要だと私たちは考えている。

長い人類史で自給がずっと行われてきたが、近代化(分業化・工業化・市場化)によって自給のスタイルがどんどん駆逐されます。いまや効率一辺倒で分業化と大規模化してグローバルで戦う時代です。近代の行き着く果てという感じです。下記の10人の執筆者(肩書は執筆当時)はざっくりと、このような歴史認識を共有しているように思われます。再び自給を考えるということなので、自給再考です。

  1. 世界の「食糧危機」:西川潤/早稲田大学名誉教授
  2. 貿易の論理 自給の論理:関曠野/思想史家
  3. ポスト石油時代の食料自給率を考える-人類史の視点から:吉田太郎/長野県農林大学校教授
  4. 自然と結びあう農業を社会の基礎に取り戻したい-自給論の時代的原点について考える:中島紀一/茨城大学農学部教授
  5. 「自給」は原理主義でありたい:宇根豊/NPO法人農と自然の研究所代表理事
  6. 自給する家族・農家・村は問う:結城登美雄/民族研究家
  7. 自創自給の山里から:栗田和則/農林家
  8. ライフすタイとしての自給-半農半Xという生き方と農的感性と:塩見直紀/半農半X研究所代表
  9. 食べ方が変われば自給も変わる-自給率向上も考えた「賢い消費」のススメ:山本和子/農業マーケティング研究所代表
  10. 輪(循環)の再生と和(信頼)の回復:小泉浩郎/山崎農業研究所事務局長

家庭からの自給が望ましいところだが

関曠野さんは「民衆は常に安定した地域的自給の生活で満足していた。民衆が貿易を要求して暴動を起こしたとか自給していた民族がその惨めさに耐えかねて貿易を始めたという話は聞いたことがない」と貿易の歴史を振りかえります。

吉田太郎さんが近代農業はそれ以前よりも単位面積当たりの生産量は増やしたが、それに使うエネルギー(肥料、灌漑、機械、加工、流通)を考えると全く割に合わないと指摘します。

宇根さんは、国家の食料自給率が一人一人の家の食卓の自給の積み上げであるどころか、国による大規模化の推進によってそれを犠牲にしている状況を踏まえ、郷土愛(パトリオティズム)と農本主義を訴えます。農本主義は、食料はもちろんのこと自然や仕事、暮らし、思想の自給にまで及びます。ある百姓の象徴的な話が出てきます。干ばつに襲われて米の品質が良くなかったので、それを全部売って、うまいコメを買って食べた。やってしまうのもわからなくはないですし、家庭内の自給はないけれども、国の自給率向上には貢献していることになります。これはおかしくないか、と。

結城さんは自給的農家や自給の村(バッタリー村)を伝え、栗田さんは「自創自給」、塩見さんは「半農半X」の生活を実践し、そのすがすがしい生活ぶりが伝わってきます。

こうした論考を踏まえると、近代以前の、家庭からの自給の方向に行ってもおかしくない感じはしますし、グローバリズムの時代の中で大いに理もある気がします。

でも、自給は、近代化によって駆逐されてきた歴史があるのが厄介なところです。国内はもちろんのこと、国外に向けては植民地化ということになります。分業化・工業化による強国化で、自給社会の弱国を植民地化したということです。戦争になれば、自給社会は弱い。

今は露骨に植民地化ということはありませんが、グローバリズムに巻き込まれれば自給社会は弱い。競争に弱いこともありますし、何より、人々が楽なほうに便利なほうに、目先の華々しさに引き寄せられてしまって自給社会を守り切れないということもあるでしょう。

この引き寄せに抗しきれるのか。「自創自給」の栗田さんは、故守田志郎氏との出会いが「儲かる農業から、豊かに暮らせる農業」への転換を導いてくれたと感謝していますが、これがヒントになる気がします。自給を身をもって豊かだと実感する人が一人づつでも増えていく。グローバルの物に手を出す必要もあまりなくなってくる。

このあたりのことについて、どう考え整理していけばいいのか、今後の私の宿題としてとっておきます。

山崎農業研究所とは

本書は山崎農業研究所・編です。この研究所は、1974年に故山崎不二夫東大名誉教授を中心に、農学の研究者、技術者、教師、農業改良普及員、農業者、ジャーナリストなど幅広い人たち百数十人が集まって「農業・農村に関する調査研究を行い、また研究、調査を援助し、それによって日本の農業の発展に役立つこと」を目的に創設されました。

活動の基本理念を「いのちと暮し」の「在野精神」におき、農業・農村に関する研究・調査、活動支援、政策提言および関連情報の受発信を推進することにより、望ましい食料、農業、農村、環境のあり方を提起しながら、創造的で個性あふれる豊かな地域社会の形成に貢献することを目的としています。

活動の目的に賛同される方ならだれでも入会できる会員制・研究所で2013年現在250人近い会員が活動しておられるようです。

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執筆者:有賀知道

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